小田嶋隆
格差も順調に広がっている。小泉の水は青く澄んで見えたが、その恩恵は丘の上の一部の人々にしか与えられなかった。下流域の住民は渇きに苦しんでいる。野田に水は無く、稲は枯れはじめている。 【小田嶋隆】
リンゴが落ちることを発見した男によって切り開かれた時代が近代であるとするなら、現代は、リンゴに歯形を付けた人間のインスピレーションに沿って動いている時代だ。未来がどうなるのかはもう誰にもわからなくなった。さようならジョブズ。 【小田嶋隆】 …
で、ここのところ毎日、どこに行くということもなく、西に東に、ただただ闇雲(やみくも)に自転車を走らせている。 なぜ走るのかって? 単純に言って、楽しいからだ。 目的地が特定されていない場合、移動は、それだけで既によろこびなのだ。このことは、結…
ただちに、ということを言うなら、取り落としたワイングラスにだって、いくばくかの余命はある。即座に粉々に砕けるわけではない。細かく観察すれば、手を離れたワイングラスには、運動方程式に沿った長い落下の過程がある。しかも、着地に至るまでのすべて…
以前、私は、「テレビは、家族がお互いに向き合わないで済むために発明されたものだ」という意味のことを書いたことがある。正直に言って、この見解は、ただの当てずっぽうであったのだが、意外なことに、正しかった。 説明しよう。 実は、1週間ほど前から、…
そう。構成作家は、社内派閥みたいなものが醸す不安定な波の上で上手にサーフィンをしてみせるバランス感覚をもっていなければならない不思議な商売だ。そのためには、飲んで楽しく、語って面白く、怒鳴って無難な男手なければならない。 かように、「書かな…
私は、「若いヤツらを縛りつけろ」と言いたいのではない。「個性は伸ばすものではなく、勝手に伸びるものだ」ということを私は言おうとしている。 言い換えるなら、「勝手な行動は許さん」「黙って指示に従え」という圧力を受けながら、それでもなお勝手な行…
世の中には「誰それの息子」でしかない人間とか、「どこどこ大学卒」以上でも以下でもない人間みたいなものがたくさんいるが、新大久保も似たようなもので、もしこの街が新宿の隣でなかったら、新大久保は、新大久保でもなんでもない。 たとえば、新大久保は…
知床半島の海岸とサロマ湖畔に、相次いで大量死したサンマが漂着したのは11月下旬のことだったが、同じ頃、テレビでは明石家さんまが一人で“大量死”していた。具体的には、新番組「明石家さんちゃんねる」(TBS系列水曜午後9時〜)が、低迷しているのだ。関…
きっと他人の行動を傍観している立場の人間は、どうあっても独善的になるものなのだろう。考えてみれば当然の話だ。観察されている人間ほど無防備なものはなく、観察している人間の想像力ほど身勝手なものはないからだ。 たとえば、雨の日にクルマに乗ってい…
ウソにはウソの論理がある。というよりも、ウソはウソであるからこそ論理の裏付けを必要とするものなのだが、外形的なもっともらしさを抜きに、ウソは成立しない。 真実は、必ずしも論理的である必要は無い。理屈にはずれていても、現実ばなれしていても、事…
小田嶋隆のア・ピース・オブ・警句 オダジマンはやっぱり天才だな。
とにかく、お台場をメジャーなスポットにせんとするフジテレビの策動を見ていると、単なる、そろばんずくの商魂とは別の、さらにいやらしい何か――すなわち東京を舞台としたモノポリーゲームに熱中する生臭い野望が感じられるわけで、私のような場末の人間に…
たいていの本は、読み終えられた瞬間にその価値を失ってしまう。そして、二度と開かれることもないまま、長い無意味な余生を、本棚の中で、ダニの培地として過ごすのだ。 それでも、そうした一向に価値のない本たちを捨てる時に、愛書家は、我が身を切られる…
確かに、文部省のお役人や大学の先生方のおっしゃる通り、論文試験は、○×式の試験に比べて、より受験者の個性を明確に反映するものなのであろう。 しかし、だからといって、私は彼らの言う「個性重視の教育」だの、「個性ある学生を選抜する」だのと言ったお…
ということは、番組は、コメントを逃げたのだろうか? そうとも言える。が、むしろ彼らは、「沈黙」という最も重いコメントを残したのだ。テレビの偉大さは、実に、ここにある。つまり、テレビの画面の中では、放置こそが、最も苛烈な批判になるのである。活…
ビールの問題は、「きりがない」ことだ。ビールは確かにウイスキーや日本酒に比べればアルコール度数の低い酒だが、逆にいえば、この酒は浴びるほど飲むことによってはじめて酒たり得る酒だ。頭が痛くならないと飲んだような気がしないのだ。ビールに適量は…
なにしろ、この国では、税金にさえ税金がかかっている(そう。消費税は、酒税や飲食税含みの商品に対してもかかっています)。 【『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆(翔泳社、1995年)】 『日本の税金』三木義一 『無資本主義商品論 金満…
実際今の子供たちは、幼児向けの歌番組を通じて物心がつく前からロックのビートに慣れ親しんでしまう。だから、彼らは、ビートを体で理解することができる。 「素晴らしいことじゃないか」 事実、ある面で、これは素晴らしいことなのかもしれない。が、私と…
都内の国道沿いからモルタルの貧乏アパートが減ったのだって、貧乏人が減ったからではなく、彼らがその場所を追出されたからに過ぎないのだと私は思っている。 それに、なによりも、我々の経済システムは、神の見えざる足によって不断に踏みつけにされている…
ご承知の通り、番組聴取率が悪かったり評判がよろしくなかったりした場合、通常、放送局の社員であるディレクターは責任を取らない。 取るわけもない。 どんな場合にでも、彼等は権限の内にあって、なおかつ責任の外にいる。 彼ら、局の人間は、要するに人事…
大体、「ギネス認定」自体がインチキだってことを誰も知らないんだろうか? ギネスブックなんて、単なる私企業(ビール会社)が出してるパンフだぜ。 だから、そこで言っている「世界一」というのだっておよそ恣意的なものなわけだ。 いや、恣意的どころか、…
半端な人間は、いつでも半端な自意識を持っている。と言うよりも彼らは確固たるアイデンティティーを持てないでいるが故に、常に自意識ばかりを成長させている。 「オレってさあ」「アタシってね」と、何かにつけて自分の話ばかりしたがるこのヒトたちは、実…
春は昔から出会いと別れの季節だった。それゆえ、詐欺まがいの訪問販売業者や、街頭で新鮮なカモを探索するキャッチセールスの皆さんにとっても年に一度の書き入れ時だったわけで、つまるところ、春は、どさくさにまぎれて何かをはじめたり、うやむやのうち…
それにしても、歳をとるということはやっかいなことだ。なにしろ、おまわりや医者のような連中が自分より年下になってしまうのだから。 【『「ふへ」の国から ことばの解体新書』小田嶋隆(徳間書店、1994年)】 『「ふへ」の国から ことばの解体新書』 「ふ…
こうして見ると、パソコンのRPGは、研修のロールプレイング(「ロープレ」と言ったりする)とはまるで違うもののように見える。が、実際のところ、「疑似体験」という点で、両者は共通している。架空の企業の社長になって采配を振るうのであれ、勇者バルモア…
第一、電話番号という、言ってみれば自分の会社の事業内容の案内でカネを取るという神経がわからない。 たとえば、デパートのねえちゃんが売場案内でカネを取るだろうか? 「あ、メニューお願いね」 「料理案内は1件80円ですが」 なんていうレストランがあっ…
本にも、やはり「強い本」と「弱い本」の二通りがあり、それは、良い本と悪い本とか、面白い本と面白くない本という分類よりも、より根源的なのだ。 たとえば、村上春樹はそこそこに面白いが、弱い。彼の本は、こっちが風邪をひいて弱っているときでも読めて…
思えば、20世紀の芸能界には、この種の、転落そのものが芸風であるみたいなタレントさんがもっとたくさん活動していた。彼らは、不倫、失言、三角関係、ドタキャンぐらいの軽微な逸脱行動を端緒に芸能人としての活動を展開しはじめ、じきに、当て逃げ、踏み…
いずれにしても、格闘技は、エロと並んで、家族が打ちそろって見るのにもっともふさわしくない番組ではあるわけで、とすれば、問題は、むしろ、紅白歌合戦の視聴率が、ついに50パーセントを大きく割り込んだという事実のほうにある。紅白の視聴率は、翌日か…