「強い本」と「弱い本」

 本にも、やはり「強い本」と「弱い本」の二通りがあり、それは、良い本と悪い本とか、面白い本と面白くない本という分類よりも、より根源的なのだ。
 たとえば、村上春樹はそこそこに面白いが、弱い。彼の本は、こっちが風邪をひいて弱っているときでも読めてしまう。このあたりに、すでに弱さが露呈していると思う。
 強い本の場合は、そうはいかない。こっちが、気力体力ともに充実した状態で取り組まないと、本そのものが持っている強さに負けてしまう。私の経験では、翻訳ものは、概して強い。中でも中南米原産のものやユダヤ出身の本は、ほとんどの場合、大変に強い。ガルシア・マルケスあたりになると「六番小田嶋っ、マルケス一本行きます!」ぐらいの気合いがないと読みこなせない。
 こういう、ゴリゴリの本を読むためには、ふだんから地道なトレーニングをして、基礎体力を養っておく必要がある。また、若い頃多少鳴らしたからといって、準備運動なしにいきなりかかると肉離れを起こす。やはり、1月から自主トレにはいって、2月にキャンプ、3月からオープン戦といった具合に、段階を踏んで調整したいところだ。


【『安全太郎の夜』小田嶋隆河出書房新社、1991年)】


安全太郎の夜