ラジオ局のヒエラルキー

 ご承知の通り、番組聴取率が悪かったり評判がよろしくなかったりした場合、通常、放送局の社員であるディレクターは責任を取らない。
 取るわけもない。
 どんな場合にでも、彼等は権限の内にあって、なおかつ責任の外にいる。
 彼ら、局の人間は、要するに人事管理に専念する奴隷商人みたいなものであって、実際、半数以上がコネ入社(つまり局のスポンサーであるメーカーさんや大株主である広告代理店の子弟たち)の公家さんたちなのだ。
 ということであれば、現地の泥んこ仕事を担当するのはどうしたって外部の人間、つまりフリーのディレクター、構成作家、タレントといった有象無象ということになる。
 で、構成作家は、そうした責任取りの場所の、切り札みたいなものになる。
 具体的に言えば、番組の評判がよろしかった時にはディレクターのお手柄、よろしくなかったら構成作家の不手際……というわけ。
 私は、残念ながら、そういう構成作家(つまり、あらかじめ用意されたトカゲの尻尾みたいな間抜けな存在)であった。


【『罵詈罵詈 11人の説教強盗へ』小田嶋隆洋泉社、1995年)】


罵詈罵詈 11人の説教強盗へ