書評:ミステリ

ジャック・リーチャー・シリーズ第1作/『キリング・フロアー』リー・チャイルド

面白かった。だが内容を覚えていない。正確に言おう。相前後して読んだ『前夜』とグレッグ・ルッカの作品とが、記憶の中でごっちゃになっているのだ。 リー・チャイルドの作品はおしなべて手堅い。高校生のバッターがセンターから右方向へヒットを狙うような…

相対化がハードボイルド文体の余韻を深める/『前夜』リー・チャイルド

内野手の間を抜けてゆく鮮やかなツーベースヒット。そんな印象だ。文章がいい。読み終えた瞬間、本のボリュームに驚く。それほどスイスイ読める。展開がやや冗長ではあるが、時折、警句の余韻を響かせる引き締まった文章が現れるので、あまり気にならない。 …

時計のウンチクが満載/『ウォッチメイカー』ジェフリー・ディーヴァー

リンカーン・ライム・シリーズの第7作。手に汗握り、悶絶のラストへ突入する様はジェットコースターそのものだ。富士急ハイランドのFUJIYAMAとええじゃないかを足したようなものと考えてもらえばよい。 ディーヴァー作品の正しい読み方を教えて進ぜよう。ス…

エスピオナージュに見せかけた「神の物語」/『木曜の男』G・K・チェスタトン

『絶対製造工場』カレル・チャペック エスピオナージュに見せかけた「神の物語」 私には魂胆があった。ある時代の風俗を知りたければその時代のミステリを読むのが一番だといわれる。世界を支配する力は富ではなく情報である。これは今も昔も変わらない。あ…

めくるめく“物語の万華鏡”/『鳥 デュ・モーリア傑作集』ダフネ・デュ・モーリア

これは凄い。“物語の万華鏡”に陶酔させられることを請け合おう。一篇一篇が珠玉そのもの。いやあ溜め息しか出ない(笑)。とにかく楽しんでくれ、としか言いようがないね。 8篇で537ページから成っている。もうね、一人の作家が書いたとは思えないほどバラエ…

カルト教団のリーダーvsキネシクス/『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー

キネシクスなる言葉は知らなかった。ボディランゲージによる心理分析のこと。最初は「サイコキネシス」かと思ったよ(笑)。キャサリン・ダンスという女性捜査官が新シリーズのヒロインだ。 相手が嘘をついているかどうかを見きわめようとするときに注目すべ…

異なる信念が理解し合う瞬間/『レイチェル・ウォレスを捜せ』ロバート・B・パーカー

異なる信念が理解し合う瞬間 町の光景 行動 『初秋』ロバート・B・パーカー 『チャンス』ロバート・B・パーカー 『突然の災禍』ロバート・B・パーカー 『スクール・デイズ』ロバート・B・パーカー もう三度か四度読んでいる。それでも、「こんなに面白かった…

自分のルールに従う生き方/『名残り火 てのひらの闇II』藤原伊織

私の知る限りでは遺作が傑作であった例(ためし)がない。作家に寄せる思いが「美しい誤解」を生むことは確かにある。逆に言えば、遺作が駄作であった方が読み手はあきらめがつくというものだ。老いて、病んで、そして力尽きて死んでゆく――これが自然の摂理…

なぜ夜空は暗いのか?/『夜中に犬に起こった奇妙な事件』マーク・ハッドン

自閉症の少年が主人公のミステリ。自閉症の内面世界が見事に描かれており、この一点においてはエリザベス・ムーンの『くらやみの速さはどれくらい』(早川書房、2004年)よりも優(まさ)っている。 ミステリ作品を装っているが、テーマは「自閉症者と一般人…

ピアノを弾く探偵/『ピアノ・ソナタ』S・J・ローザン

ミステリにしては随分と内向的な主人公だ。アルバート・サムスンをおとなしくしたような印象。で、中味が面白くないかというとそうでもない。個性的な脇役がぐいぐいストーリーを引っ張ってゆく。 探偵のビルはピアノが趣味だ。ただし、人前では弾かない。折…

文学性の薫り高い硬質な警察小説/『あなたに不利な証拠として』ローリー・リン・ドラモンド

文学性の薫り高い硬質な警察小説 『ストーナー』ジョン・ウィリアムズ はっきり書いておくが、プロットが私の好みではない。それでも読ませられた。しかも一気にだ。硬質な透明感に包まれた文章。警句を思わせる一行。文体としてのハードボイルド。元警察官…

元ジャンキーの魅力的なヒロイン/『神は銃弾』ボストン・テラン

文体に慣れるまで時間を要する。しかしながら、リズムをつかんでしまえば一気に読み進める。文学性の薫り高い傑作ミステリ。 カルト教団に別れた妻を殺されたボブが主人公と思いきや、元ジャンキーのケイスが主役だった。 「彼女は17年もカルトのメンバーだ…

レッテルを貼る人々/『初秋』ロバート・B・パーカー

デタラメな両親に育てられたポール少年をスペンサーが自立させる物語。教育的要素が濃い。ひ弱な少年とマチズモの権化みたいなスペンサーのやり取りが面白い。 (※男性のバレー・ダンサーは皆ホモだと、なぜ両親は言うのか) 「なぜなら、その程度の頭しかな…

形態(ゲシュタルト)を把握せよ/『メービウスの環』ロバート・ラドラム

『暗殺者』ロバート・ラドラム 『狂気のモザイク』ロバート・ラドラム 形態(ゲシュタルト)を把握せよ 戦場 法律など蜘蛛の巣のようなものだ 忘却を求める者 昨日の出来事である。同乗者がコンビニに寄って欲しいというので、運転していた私は駐車場へ入る…

ギャングですら信用するスペンサーの言葉/『スクール・デイズ』ロバート・B・パーカー

『レイチェル・ウォレスを捜せ』ロバート・B・パーカー 『初秋』ロバート・B・パーカー 『チャンス』ロバート・B・パーカー 『突然の災禍』ロバート・B・パーカー 『スクール・デイズ』ロバート・B・パーカー スペンサー・シリーズの第33作目。訳者は逝去し…

ニューロンのスピードは時速400キロ/『12番目のカード』ジェフリー・ディーヴァー

リンカーン・ライム・シリーズの第6作。やや失速感があるのは否めないが、「家族の物語」として読めば、ぐっと味わいが深くなる。少々難しいのは、狙われる黒人少女の家族と、犯人の家族とが共に二層構造となっているためだ。虚像と実像、理想と現実が交錯す…

反転する希望/『青い虚空』ジェフリー・ディーヴァー

反転する希望 『バーニング・ワイヤー』ジェフリー・ディーヴァー ハッカーが起こし得る犯罪の究極を描いた作品。実際に行うことは難しいだろうが、コンピュータによるネットワークが張り巡らされた現在、「ない」ものとして切り捨てることもできない。タイ…

敢えて“科学ミステリ”と言ってしまおう/『数学的にありえない』アダム・ファウアー

物語の重要な要素としてSF的な傾向はあるが、私は敢えて“科学ミステリ”と断言したい。統計学、確率論、物理学、量子論、脳科学、時間論などが散りばめられている。ストーリー展開は見事なミステリとなっている。アダム・ファウアーは1970年生まれというのだ…

『雪が降る』藤原伊織

藤原伊織が亡くなった(2007年5月17日)ことを思い出し、ふと手に取ってみた。読むのは二度目だ。「確か、ミステリではなく小説だったような……」という程度の記憶しか残ってなかった。 一気に読んだ。以前は感じなかった何かが胸をよぎった。年を重ねてまと…

『エンプティー・チェア』ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳

慎重に本を開くべきだ。間違っても寝しなに読んではいけない。私は夕方の6:00過ぎから読み始め、やらねばならぬことを済ませて深夜1:30に本を閉じた。 強烈なナックルボールである。最初に大きく曲がった後で右に左に揺れながら、最後はストンと落ちる。バ…

『フロスト日和』R・D・ウィングフィールド

デタラメの底に覗くタフな精神 数年前の話題作でシリーズ第2作目となる本書は714ページで厚さが何と2.6cm。ロンドンから120km離れた地方都市デントンが舞台。上司から疎(うと)まれ、部下からは蔑(さげす)まれているジャック・フロスト。以前、いくつかの…

『マエストロ』ジョン・ガードナー

指揮者とスパイの顔を持つ男の光と影に満ちた人生 上下巻合わせて6cm近くある。1285ページに亘る物語。その殆どが一人の老人の独白である。主人公は“不思議”という名の人生そのものである。世界屈指のオーケストラ指揮者、マエストロ・ルイス・パッサウの罪…

『緊急深夜版』W・P・マッギヴァーン

善と悪に引き裂かれる人間ドラマ 何冊かのミステリを読んで肩透かしを食らった後は、自(おの)ずから昔、読んで面白かったものを本棚から取り出してしまう。ドラマに飢えた中年男の悪しき癖である。 今から20年ほど前に初めて読んだマッギヴァーンの作品だ…

標高8848mに解き放つ男の本能/『神々の山嶺』夢枕獏

再読。読了後、眠ること出来ず――。 極限を生きる充実、徒手空拳で大自然の拒絶をはねのける闘争、それ自体が純粋な目的と化す劇(ドラマ)――男達はなぜ山頂を目指すのか。 カメラマンの深町誠がネパールの首都カトマンドゥの、とある店で1台の古ぼけたカメラ…

『夜と霧の盟約』デイヴィッド・マレル

黄金タッグが追いかけるナチスの残影 ひょっとするとこの作品は期せずして生まれたものかも知れない。『ブラック・プリンス』(光文社文庫)のソールとエリカ、そして『石の結社』(光文社文庫)のドルーとアーリーンが本作で顔を合わせる。このアベックが余…

『石の結社』デイヴィッド・マレル

気高いストイシズムをまとった暗殺者 人は快楽を求めるのと同様、ストイックなものに憧れるのもまた確かであろう。堕落と禁欲は、どこか生と死にも似て、相反するものでありながら、補完し合い、密接につながっている。 主人公のドルーは幼少時に暗殺された…

『ブラック・プリンス』デイヴィッド・マレル

人生を翻弄された二人の孤児の復讐譚 再読。十分堪能できた。国際謀略モノといえば、フレデリック・フォーサイス、ロバート・ラドラムと並んで三羽烏の一翼を担うマレルである。この後、全く別ストーリーの『石の結社』(光文社文庫)があり、『夜と霧の盟約…

『豹の呼ぶ声』マイクル・Z・リューイン

人生の苦悩引きずるナイス・ガイ またしても石田善彦の訳である。「その凶報をもたらしたのは、執筆のローリングだった」。冒頭一行目から、これだ。どう考えても「執事」である。校正の問題なのかも知れないが、石田の名前しか表記されてないので、取り敢え…

『消えた女』マイクル・Z・リューイン

ロバート・B・パーカーに厭(あ)きるようになれば、リューインを読む時期に差し掛かっているといってよい。就中(なかんずく)、パーカーが紡ぎ出す会話が好きで、ついついシリーズ物に手を伸ばしている人にとってはウッテツケだ。 『A型の女』(早川文庫)…

『テロリストのパラソル』藤原伊織

再読。ご存じ、直木賞と乱歩賞をダブルで受賞した作品。社会からドロップ・アウトしたアル中の主人公・菊池と少女の出会いから物語が始まる。少女が年齢の割りには、やけにませているきらいはあるものの、一気に引き込まれる。別れた直後に起こる爆発テロ。…