伏見威蕃

 伏見威蕃はどちらかというと好きな訳者である。ところが、「自動化(オートマチック)、手順自動化(オートメーション)、自律(オートノミー)」を入力していると違和感を覚えた。「結び付いている」は「結びついている」の方がよい。昨今は読むスピードに配慮して漢字を減らす傾向が強い。「行なう」は「行う」が望ましい。もう一つは「暖房やエアコン」という言葉がおかしい。エアコンは暖房を含むからだ。暖房ではなく、湯沸かし器や給湯器とすべきだろう。たとえ本文が「暖房」であったとしてもだ。

関連書

 常歩(なみあし)本の後に『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖を挿入。素晴らしい閃きだ。

 

 今読んでいる『実子誘拐ビジネスの闇』池田良子が良書。法律の陥穽に付け込んで、人権派弁護士(左翼)が実質的な誘拐を支援している。『ちょっと待て!!自治基本条例 まだまだ危険、よく考えよう村田春樹の後に入れた。何となく身構えてしまったのは『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』福田ますみと筆致がよく似ているため。

  

ロバート・B・パーカー

 2冊ほど読み直す。びっくりするほど面白くない。キャラクターを描くのが巧みなだけで小説家としては二流だ。特に渡辺栄一郎訳は酷い。いくら何でも「あたし」はないだろう。

 

文響社の失敗作

『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版』シェリー・ケーガン:柴田裕之〈しばた・やすし〉訳(文響社、2019年)/縮約版も出ている。A5判で733ページある。失敗作と書いたのは内容ではなく本の作りである。いい紙を使っているため、縦に置くと紙の重みで中身が背表紙から離れてしまう。もう一つは表紙写真で、教壇の上に靴を履いたまま胡座(あぐら)をかいた姿が日本人には受け入れがたいと思う。内容はいかにも哲学講義らしく、まだるっこしい。仏教を学んだ者からすれば、「何を今更」といった代物である。たぶん文響社は『ソフィーの世界』の二番煎じを狙ったのではあるまいか。