古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

1998-01-01から1年間の記事一覧

記録に挑戦し続ける人間ドラマ/『記録をうちたてた人々』鈴木良徳

記録──胸を躍らせる言葉だ。そして、厳粛な響きをもつ言葉だ。 記録をつくることができるのは人間だけだ。この本に描かれているのは、ありふれた記録ではない。オリンピックで新記録をつくった人々の粉骨砕身のドラマである。 1965年に発行された本なので、…

生き生きと躍り、飛び交う光の詩(うた)/『わたしの出会った子どもたち』灰谷健次郎

14年前にこの本と出会った。今再び読み返し、所感を記そうとするとペンが中々定まらない。本の中に登場する数多(あまた)の『子どもたち』が、私の安直な言葉を許さないからだ。文章を飾ろうとすると「嘘をつくな!」と少年の叫び声がし、好い加減な気持ち…

真偽に迫るひたむきな眼差し/『新版 写真のワナ』新藤健一

スリリングな本だ。写真の読み方を解いた内容なのだが、声高に糾弾したり、専門家ヅラして能書きを垂れるような態度はこれっぽっちもない。読み易い言葉は、思索と熟考の果てから生まれたものだろう。何にも増して写真に対する真摯な情熱が行間からにじみ出…

冒険小説史上に燦たる不滅の傑作/『鷲は舞い降りた〔完全版〕』ジャック・ヒギンズ

13年前、失意の底から喘ぐような思いで東京行きを決心し、故郷の北海道を後にした。両手で間に合う荷物を携え、文字通りこの身ひとつで再起を賭けた旅立ちであった。23歳、厳寒の2月、吹雪荒れ狂う14日のことである。 わずかな持ち物の中に2冊の本があった。…

生きざまで語るタフな探偵/『初秋』ロバート・B・パーカー

・『レイチェル・ウォレスを捜せ』ロバート・B・パーカー ・生きざまで語るタフな探偵 ・喋るのをやめて、準備にとりかかるべき時だ ・「名はスペンサーだ、サーの綴りは、詩人と同じようにSだ」・『チャンス』ロバート・B・パーカー ・『突然の災禍』ロバー…

島国の権力構造にメスを入れる快著/『人間を幸福にしない日本というシステム』カレル・ヴァン・ウォルフレン/篠原勝訳

もう何年も前の話になるが、あるテレビ番組で「どういう時に愛を感じるか?」というインタビューを行っていた。実に下らない応答の数々に辟易しつつ、低俗極まりない制作意図を呪いつつも、私の常に7対3でキマッテいる頭髪の下では脳味噌が答えをひねり出そ…

「一人ならじ」山本周五郎

「戦場では幾千百人となく討死(うちじに)をする、誰がどう戦ったか、戦いぶりが善かったか悪かったか、そういう評判は必ずおこるものだ、わたくし一人ではない、なかにはそういう評判にものぼらず、その名はもとより骨も残さず死ぬ者さえある、そしてもの…

「薯粥」(『一人ならじ』所収)山本周五郎

中々、本を読む時間がなく、読んだとしても書評を書くほどの衝動が湧いてこないので(笑)、若き日の覚え書きを記し、所感を残しておこうと思う。 〈梶井図書介(ずしょのすけ)との一本勝負に勝ち、城主・水野監物(けんもつ)忠善から食禄500石で師範にと…

常在戦場の覚悟と生きざま/『一人ならじ』山本周五郎

人にどう見えるかではない。自分がどうあるかである。 メディアの発達はテレビ全盛の時代を招来し、活字文化などは脱ぎ捨てられた靴下ほどの位置に追いやられてしまった。そして情報化社会は人間同士のふれあいを不要なものへと貶(おとし)めつつある。 次…