古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

春は出会いと別れの季節

 春は昔から出会いと別れの季節だった。それゆえ、詐欺まがいの訪問販売業者や、街頭で新鮮なカモを探索するキャッチセールスの皆さんにとっても年に一度の書き入れ時だったわけで、つまるところ、春は、どさくさにまぎれて何かをはじめたり、うやむやのうちにその場から逃げ出したりするためにはぴったりの季節なのである。でなくても、3月から4月にかけて、町には新入生や山出しや事情を知らない新参者があふれかえっている。とすれば、その混乱と感傷と興奮に沸く春霞の空気は、テレビにとって、願ってもない背景なのだ。だからこそ、テレビの見世物小屋は、桜咲くこの季節に、古いテントを畳み、新しい花茣蓙(ござ)を広げる作業を繰り返してきたわけです。そう。テキ屋の皆さんと一緒。桜前線とともに各地の祭りを北上しつつ、その場限りのテンポラリーな商売を楽しむ、と。縁日。


【『テレビ救急箱』小田嶋隆中公新書ラクレ、2008年)】


テレビ救急箱 (中公新書ラクレ)