テレビにおける沈黙

 ということは、番組は、コメントを逃げたのだろうか? そうとも言える。が、むしろ彼らは、「沈黙」という最も重いコメントを残したのだ。テレビの偉大さは、実に、ここにある。つまり、テレビの画面の中では、放置こそが、最も苛烈な批判になるのである。活字では、こうはいかない。活字の沈黙は、行間に過ぎない。行間で語るのが一流の文章ということになってはいるが、その実、行間が語るのは余韻とか余情といった程度の、シケたノイズに過ぎない。いずれにしても、たいした情報は発信できない。ラジオの沈黙も、無音以上のものではない。サウンドオブサイレンス。蛙飛び込む水の音。


【『テレビ標本箱』小田嶋隆中公新書ラクレ、2006年)】


テレビ標本箱 (中公新書ラクレ (231))