古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

2000-01-01から1年間の記事一覧

雪山堂(せっせんどう)〜店名由来物語

・雪山堂(せっせんどう)〜店名由来物語 ・人生の目的/『中国古典名言事典』諸橋轍次 果ての無い深い闇に変化が生じた。きらめく星々の光が淡くなり、徐々にではあるが確実に青い色が、一年中溶けることのない雪に覆われた大地と凍てつく空を染めていた。…

野良犬/『千日の瑠璃』丸山健二

丸山の人生観が色濃く滲(にじ)み出ている箇所である。それ故、彼が好ましく思う人間関係の距離感がよく出ていると思う。 私は野良犬だ。 語り手は、まほろ町を徘徊する野良犬である。 もっともそのおかげで私は、人間に飼われている犬や、犬を飼っている人…

詩趣余薫

「女湯」石垣りん 一九五八年元旦の午前0時 ほかほかといちめんに湯煙りをあげている公衆浴場は ぎっしりと芋を洗う盛況。 脂(あぶら)と垢(あか)で茶ににごり 毛などからむ藻(も)のようなものがただよう 湯舟の湯 を盛り上げ、あふれさせる はいってい…

買い求められた健康と非行

独身男性の多くはコンビニエンス・ストアから随分と恩恵を被っていることだろう。私もその例外ではない。先日、颯爽と弁当を買いに行った際のことである。私の後ろに並んだ学生服姿の高校生が、牛乳をレジスターの傍らに置くなり「あと、マイルド・セヴン一…

「昭和のこどもたち 石井美千子人形展」を見て

子供たちが―― 笑っていた。 泣いていた。 遊んでいた。 躍っていた。 人形であるにもかかわらず彼等は1950年代から切り取られた“生”そのものだった。 冷たく乾いた空気の向こうから柔らかな陽光が降り注ぐ中、錦糸町そごうで催された「昭和のこどもたち 石井…

2億5000万年の眠り

ニューメキシコ州の地下約570メートルの岩塩層から塩の結晶が採取された。約2億5000万年前の塩の結晶から複数の細菌を発見。米国ウェストチェスター大学のグループが培養したところ繁殖が確認された(10月19日付読売新聞)。この菌、育ちにくい環境にさらさ…

『お宝ハンター鑑定日記』羽深律

数ヶ月振りに本を読んだ。 手持ちの本を売るようになってからというもの、全く読書する意欲が失せていたのだが、本書を読んだのにはワケがある。実は、著者から直接頂いたのだ。私は抜け目なく「読んだら売りますぜ」と御礼の後に付け加えておいた。 古物商…

茶柱/『千日の瑠璃』丸山健二

日常生活は微妙な幸不幸に支えられている。不幸の後を幸福が和らげ、幸福の隣を不幸が駆け抜ける。紛(まが)うことなく存在するのは「今」という目の前の一瞬だけだ。 女性相手の雑誌の売れ行きは“占い記事”が左右するという話を聞いたことがある。今週、今…

義手/『千日の瑠璃』丸山健二

10月末日の月曜日を語るのは「義手」だ。 このページは丸山の特徴がよく出ている。対照的な叙述、意表を衝く喩(たと)え、幾何学的な形容、反復によるリズム、等々――。 私は義手だ。 茸採りにかけては比肩する者がいないといわれている男、彼の左の腕を補う…

入力地獄、それとも天国?

夏の陽射しがまだ強く残っていた8月の下旬に引っ越しをした。 数日間に亘って嫌がる友人・後輩を無理矢理手伝わせ、挙句の果てには、その中の一人に金を出させて皆にビールを振る舞った。心地好い汗を流していたのは私ひとり。他の連中はくたびれきった奴隷…

扉/『千日の瑠璃』丸山健二

私は扉だ。 語り手はまほろ町に建てられたばかりの暴力団事務所の扉だ。頑丈極まりない扉が据え付けられて事務所は完成する。 うわべは平凡そのものでも、しかし私の内側には分厚い鋼鉄の板が2枚も仕込まれていた。私を横眼で見ながら素早く通り過ぎる町の人…

落ち葉/『千日の瑠璃』丸山健二

小説の好みは人によって様々であり、何に対して痺れるかは人それぞれの見解があろう。あるいはまた、小説などという作り事は読むに値せず、とする人もまま見受けられる。そこには、作家が勝手気ままに、都合良くストーリーをデッチ上げることへの侮蔑が感じ…

靴/『千日の瑠璃』丸山健二

丸山は現状維持に安住する小市民の描き方が非常に巧い。向上心なき人間を辛辣な表現で串刺しにする。その激しさが戯画的な効果を生み、操り人形を見せられているような気になってしまう。 私は靴だ。 踵が摩滅し、とうとうつま先の部分がぱっくりと割れた、…

『丸山健二エッセイ集成/第4巻 小説家の覚悟』丸山健二

山国を急速に占めてゆく紅葉と黄葉の得もいわれぬ芳香がいよいよ秋を深め、色とりどりの候鳥の羽音が透徹した大気を震わせるとき、ふとわれに返る一瞬がある。言葉を唯一の頼みとして、形而下から形而上へと分け入り、太極まで肉薄しようとする、そうした生…

オフィス・デポ

http://www.officedepot.co.jp/ 最初に断っておくと、ネットでの注文はやめた方がいい。商品が見にくいのと、探しにくいことがその理由。まずは、カタログ請求をお勧めしよう。サイトからもカタログの請求はできるが、CGIが杜撰(ずさん)なため長い住所が入…

『笑って済ます噂噺大事典 楽屋の王様』高田文夫

私が大好きだった春風亭柳朝師匠が亡くなった。江戸前でいなせな噺家だった。若い頃から噂噺、ホラ噺が好きで、誰彼かまわずつかまえては大ボラを吹いていた。それが楽しい師匠だった。「柳朝師匠がまた吹いてさ……」があいさつ代りだった。弟子一同がひつぎ…

胃カメラ奮戦記

振り返ると実に様々なものを飲んできたが、いまだに飲んだことがないものがあった──胃カメラだ。出来ることなら飲まずに済ませたかった。口に苦い良薬であれば、まだ我慢のしようもある。胃で消化され患部を治療すべく体内に溶け込むのだから。 また、飲むに…

『詩集 にんげんをかえせ』峠三吉/増岡敏和編

借りた金を返さなかった場合に失うものは何だろう? 信用・立場・友情・面子(めんつ)などなど。先方は貸した金額を失う。金額の多寡にもよるだろうが、こういうのは食い物の恨みに似てスッキリしないところに特徴がある。 景気が悪くって踏んだり蹴ったり…

『湖の伝説 画家・三橋節子の愛と死』梅原猛

人間を追求する慟哭と英知の書 ガンのため右腕を切断した女流画家。迫りくる死を直視しながら左手で描き出したものは何か? 雄渾の筆致が解明する感動の人間論! 自分の死が確実に迫ってきたのを知ったとき人は何を考え何をなしうるか。2人の幼児と短い自己…

言葉の謎――(i母音)+ウム考

不明な点が多いと言葉は謎の度合が一気に高まる。今回は私の自己省察的思惟による三段腹論法を展開したい。 ミステリを読んでいると時たま“リノリウムの床”ってえのが出て来ますな。ミステリ好きであるにもかかわらず「エー、そんなの知らんぜよ〜」と中国・…

『大往生』永六輔

かつて老衰といえば、長寿の果てにあることで、長寿の親が娘の老衰を見送るということはなかった。泉重千代さんも「100歳を過ぎて子供に死なれたのは辛かった」と言っている。その重千代さんが115歳の時に「どんな女性が好きですか」と聞かれて答えた言葉。 …

人生と選択

人生色々と言う。十人十色とも言う。その人ならではの個性(まあ良し悪しは当然あるものとして)を指す言葉であろう。その人の人生を象(かたど)る個性とは「選択」によってつくり上げられるものと推察される。 私は以前から「動物と人間の違い」に興味があ…

オンライン古書店の風景

吾輩は店主である。まだ儲かってない。 なぜ本を売るのか? 部屋に本があるからだ。 このわずか2行が我が人生の現在を語り尽くしている。電網超厳選古書店「雪山堂」を立ち上げて、早、3ヶ月。振り返るほどの日月(にちげつ)は重ねていないが、雪山(せっせ…

『ラジオの鉄人 毒蝮三太夫』山中伊知郎

心を響かせて発せられたものが言葉だとすれば、声に心根が現れると言って良いだろう。この間読んだ藤原伊織著『てのひらの闇』(文藝春秋)には、会長秘書の言葉を称して「ステンレスの定規みたいに事務的な声」なんてのがあったが、巧いもんだね。生の言葉…

『てのひらの闇』藤原伊織

あなたの周囲には、信じるに足る人間が何人いるだろうか? 常に一緒にいても、ただ饒舌なだけで、深く交わろうともしない互いを「友達」と呼称する時代。表現する自己すら失った社会では、言葉は虚しい響きしか持たず、鳥のさえずりにも劣り、殺伐たる様相を…

『日本語 表と裏』森本哲郎

人は言葉を介して他人や事物を理解し、言葉を用いて思考し、言葉を発して自己を表現する。人はまさしく言葉に生きる動物であるといってよい。 誰しも言葉を自由に扱っているつもりになっていよう。欲求を示すに当たっては幼児期の「ママ」に始まり、愛の告白…

『梟の拳』香納諒一

黒いマントを羽織った誰かが、いきなり俺の前に飛びおりたのはそのときだ。 チャンピオンの栄光をつかんだ主人公が、網膜剥離(もうまくはくり)で視力を奪われた瞬間をこのように表現する。思わずため息が出た。巧い。ところどころに挿入されるボクシングの…

『街の古本屋入門 売るとき、買うときの必読書』志多三郎

裏表紙の顔がいい。腕っぷしの強そうな面構えだ。しかしながら、文章は人なつっこい上に洒脱。遠慮がちに吐き出される小言には落語の小気味よさがある。 本と聞いた瞬間、あなたが想像するのは新刊書籍であろうか。それとも、いくらか手垢のついた古本であろ…

『雪のひとひら』ポール・ギャリコ

天から舞い降りてきた雪のひとひらの一生を描いた物語である。 平凡な女性の平凡な一生である。その意味で、雪のひとひらはあらゆる女性の象徴といえよう。 雪から雫(しずく)へと変化した雪のひとひらは、人生という名の川の流れに身を委ねる。出会い、結…

『さらば、山のカモメよ』丸山健二

・『さらば、山のカモメよ』丸山健二・『メッセージ 告白的青春論』丸山健二 青春時代が放つ、あの熱はどこから湧いてきてどこへ去ってゆくのか──。 丸山にしては極めて珍しい軽快な文章の小説である。エッセイで紹介されていた事柄が随分出て来るということ…