人生はロールプレイングゲームだ

 こうして見ると、パソコンのRPGは、研修のロールプレイング(「ロープレ」と言ったりする)とはまるで違うもののように見える。が、実際のところ、「疑似体験」という点で、両者は共通している。架空の企業の社長になって采配を振るうのであれ、勇者バルモアとなって地下帝国を探検するのであれ、「ふだんは経験できないことを疑似体験する」という意味では同じことなのだ。
 いや、むしろここはひとつ、
「人生は、ロールプレイングなのだ」
 と極論した方がいっそ正解かもしれない。
 なぜって、仮に、ある人間が誰かの息子であり、ある会社の営業係長であり、同時に、誰かの夫であり、なおかつある人間の父親であるのだとしても、それらの立場のひとつひとつは、結局のところ、役割に過ぎないからだ。
 そう。現実の世の中では、課長は、常に課長らしく振る舞わなければならない。同じように男は男らしく、女は女らしく、中学生は中学生らしく振る舞うことを常に強要される。しかも、それらの「らしさ」は、すべて不特定多数の他人が決めることになっていて、だれもそれらに逆らうことはできないのだ。
 きっと、そうだからこそ、我々はRPGに熱中するのだ。我々は、自分の現実の中で実行できないことを、もっぱら想像の世界や、ゲームのディスプレイの中で実現しようとしているわけなのだ。


【『パソコンゲーマーは眠らない』小田嶋隆朝日新聞社、1992年/朝日文庫、1995年)】


パソコンゲーマーは眠らない(単行本)


パソコンゲーマーは眠らない(文庫本)