書評:小説
人は仕事とプライベートでは異なる顔をしている。職場の嫌われ者がよき家族の一員であったとしても驚くことではあるまい。 高橋の『13日間で「名文」を書けるようになる方法』を読んだ人であれば、手に取らずにはいられない作品だ。主人公はランちゃんとキイ…
・物語に陶酔する・『中島敦』中島敦 ・必読書 その一 物語に陶酔する。福永が作るのはストーリーの建築物である。登場人物は影絵のようなものだ。結構がシルエットを際立たせることで、登場人物は普遍性を帯びる。 絢爛なタペストリーを思わせる短篇集であ…
さしたる興味も湧かない物語をぐいぐい読ませる筆力がある。透明感を湛(たた)えた文章、引き締まった文体、揺るがぬ小説の結構……。前にもこのような作品と出会ったことがある。読み進むうちに思い出した。ローリー・リン・ドラモンドの『あなたに不利な証…
2009年のアカデミー賞で8部門を受賞した映画『スラムドッグ$ミリオネア』の原作。これを書いたのがインドの外交官というのだから驚く。 書き出しはこうだ―― 僕は逮捕された。クイズ番組で史上最高額の賞金を勝ちとったのが、その理由だ。 警察は昨日の夜更…
昔から記憶喪失や認知症に興味を覚えてならなかった。「自分」という存在の危うさや儚(はかな)さを表出しているように思えた。「私」を形成しているのは、「私」の過去であり、それは記憶である。つまり記憶が失われてしまえば、「私」は「私」でなくなる…
・芝居っ気たっぷり、名文満載の傑作 ・過去と未来 ・群衆は一時にどっとあふれ出す異常な力のほうを好む・『絶対製造工場』カレル・チャペック どうしてこんなに面白いんだ? 200年も前に書かれた小説なのに(原書は1834年刊)。まったくもって信じ難い話で…
・『汝ふたたび故郷へ帰れず』飯嶋和一 ・時代の闇を放り投げた力士・雷電為右衛門 ・力士は神と化した ・「拵(こしら)え相撲」に張り手を食らわせた雷電為右衛門・『武術の新・人間学 温故知新の身体論』甲野善紀 ・『鬼の冠 武田惣角伝』津本陽 ・『透明…
・『汝ふたたび故郷へ帰れず』飯嶋和一 ・時代の闇を放り投げた力士・雷電為右衛門 ・力士は神と化した ・「拵(こしら)え相撲」に張り手を食らわせた雷電為右衛門・『武術の新・人間学 温故知新の身体論』甲野善紀 ・『惣角流浪』今野敏 ・『鬼の冠 武田惣…
これは凄い。“物語の万華鏡”に陶酔させられることを請け合おう。一篇一篇が珠玉そのもの。いやあ溜め息しか出ない(笑)。とにかく楽しんでくれ、としか言いようがないね。 8篇で537ページから成っている。もうね、一人の作家が書いたとは思えないほどバラエ…
水晶の如く硬質で透明な文体、時折奏でられる叙情、そして一筋縄ではゆかないストーリーを揺るがぬ構成が支える。これがヤスミナ・カドラの世界だ。アルジェリア軍の元将校が描く物語は、ピアノソロのように流麗で、控え目に弦楽器が配されている。あるいは…
・『アラブ、祈りとしての文学』岡真理 ・暴力が破壊するもの 1 ・暴力が破壊するもの 2 ・暴力が破壊するもの 3・必読書リスト その二 「私」とシャウキーは、往診のためアッバースのもとを訪れる。アッバースの夫人に病状を確認している最中、奥の部屋から…
・暴力が破壊するもの 1 ・暴力が破壊するもの 2 ・暴力が破壊するもの 3・必読書リスト その二 前回は登場人物のシャウキーを紹介した。今回はアッバースを取り上げる。実は彼こそが「黒い警官」だった―― このアッバース・マフムード・アルザンファリーなる…
・暴力が破壊するもの 1 ・暴力が破壊するもの 2 ・暴力が破壊するもの 3・必読書リスト その二 暴力を振るう側と振るわれる側との関係、暴力の様相、暴力の意味、暴力の影響、そして暴力の成れの果て……。この小説の主人公は暴力である。 広河隆一著『パレス…
・パレスチナ人の叫び声が轟き渡る・必読書リスト その二 ガッサーン・カナファーニーは現代アラブ文学を代表する作家の一人。そして彼はパレスチナ解放人民戦線のスポークスマンでもあった。イスラエル建国に伴って12歳の時に難民となり、二十歳(はたち)…
・男は再び走り出した ・飯島和一作品の外情報 ・イエロージャーナリズム・『雷電本紀』飯嶋和一 ・『神無き月十番目の夜』飯嶋和一 ・『始祖鳥記』飯嶋和一 ・『黄金旅風』飯嶋和一 ・『出星前夜』飯嶋和一 ・『狗賓童子(ぐひんどうじ)の島』飯嶋和一 ボ…
・モンティ・ホール問題 ・なぜ夜空は暗いのか?・『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン ・『ストーンサークルの殺人』M・W・クレイヴン ・『グレイラットの殺人』M・W・クレイヴン・ミステリ&SF 自閉症の少年が主人公のミステリ。自閉症の内…
パトリック・ジュースキントはドイツの作家。名手といってよい。その作品は職人技の冴える一品となっている。傑作『香水 ある人殺しの物語』とは打って変わった小品で、小中学生向けと思われる。佐野洋子が絶賛していたので読んでみた。 少年時代の起伏に富…
主人公のグルヌイユは、マダム・ガイヤールの育児所に引き取られた。マダム・ガイヤールは明らかに反社会性人格障害だった。 ・Wikipedia ・反社会性人格障害 Antisocial Personality Disorder マダム・ガイヤールはまだ30にもなっていないのに、もうとっく…
こんな文章が延々と続く。改行もないままで―― 駅舎建築を研究していると、と午後遅くハントスフーン・マルクトにあるカフェのテラス席で歩き疲れた足を休めているあいだにもアウステルリッツは語った。別離の苦悩と異郷への恐怖という考えがなぜか頭にこびり…
・焼身の瞬間・『クリシュナムルティの日記』J・クリシュナムルティ ティック・クアン・ドゥックが死ぬ瞬間を宮内勝典はこう記す―― 黒こげの焼死体から、うっすらと湯気がたち昇っていく。血や、体液が気化しかかっているのだ。今朝いよいよ発つという、まぎ…
・命を植える・『心晴日和』喜多川泰 「死」に興味を覚えた小学生3人組が、近所に住む独居老人の観察を始める。その目的は「死ぬ瞬間を目撃する」ことだった。老人と少年達の交流を通して死の意味を探る。科白とディテールが巧み。隠喩も見事。 老人は少年達…
・噴水のように噴き上がる怒り・『誰が国賊か 今、「エリートの罪」を裁くとき』谷沢永一、渡部昇一 島一春はこの一冊しか読んだことがないが、人間味を鮮やかに捉える筆致が忘れ難い。太田寛一は農協運動に身を捧げた人物。 「もっと辛辣で、もっとあくどい…
・昭和の脱獄王・白鳥由栄・『史実を歩く』吉村昭 主人公・佐久間清太郎のモデルは白鳥由栄である。小説ではあるが実話に基づいている(尚、リンクを紹介しようと思ったが、ネタバレとなるのでやめた)。 自由とは、束縛から解放されることだ。だからこそ、…
「人間共和」を謳い上げた名作。同じ時期にユゴーの『九十三年』を読んだが、こっちの方がはるかに昂奮した覚えがある。 「しかし、そのような役目(暴君暗殺)を引き受ける人間はです」とデイビッド・ロッシィはいった。「いかなる個人的な復讐の感情にもと…
活劇ロマンの名作。『モンテ・クリスト伯』に連なる系譜の復讐譚である。芝居がかったセリフが実に面白い。 「きさまは上着の着方や髪の結い方以外に──うん、そうだ、子供や僧侶を相手に武器をもてあそぶこと以外に人生や人間については何も知らないのか? …
モンゴメリが『赤毛のアン』を発表したのが1908年で、本書が1913年だから何らかの影響は受けていることだろう。それでも甲乙つけ難い面白さだ。 孤児となってしまった10歳の少女パレアナは、叔母のもとに預けられる。叔母は冷酷な人物だった。パレアナは父親…
・18世紀のフランスは悪臭にまみれていた ・反社会性人格障害の見事な描写 ・めくるめく匂いの世界 ・グルヌイユの特異な能力 ・彼の鋭敏な鼻は太い匂いの束を、いちいち糸にときほぐした・必読書リスト その一 8月に読み終えたのだが、書くのを忘れていた。…
・モンティ・ホール問題 ・なぜ夜空は暗いのか?・『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン ・『ストーンサークルの殺人』M・W・クレイヴン・ミステリ&SF アスペルガー症候群(発達障害)の少年が主人公。自閉的傾向はあるものの、IQはかなり高い…
全米で350万部も売れたベストセラー。小中学生向けの作品。こういう本が読まれているのだから、やはりアメリカは侮れない。 先祖代々不運に見舞われてきた家に生まれた主人公が、やはり不運によって少年院へ入る羽目となる。少年院は砂漠の真ん中にあり、毎…
100ページまで辿りつくことなく挫折。それなりに取材した上で書いている小説だと思うが、いくら何でもこりゃ酷すぎる。タイで横行している児童売買の様子が描かれており、7〜8歳の少年・少女が性の奴隷として、もてあそばれている。詳細かつ生々しい描写に吐…