古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

1999-01-01から1年間の記事一覧

『暗黒の河』ジェイムズ・グレイディ/池央耿訳

国際謀略モノである。ロバート・ラドラム、デイヴィッド・マレルの系譜に連なるかと思ったが少し勝手が違う。登場人物はそれぞれ訓練を受けてきた兵士たちなのだが“ランボー”や“ジェイソン・ボーン”みたいなスーパー・ヒーローは出て来ない。ベース音に流れ…

『穴と海』丸山健二

・『穴と海』丸山健二・『メッセージ 告白的青春論』丸山健二 初期の短編集である。利沢行夫の解説によれば丸山にとっては3冊目の作品とのこと。昭和44年文藝春秋から発刊されたというから、著者25歳前後の作品である。表題作以下6編が収められている。 丸山…

リング上での崇高な出会い/『彼らの誇りと勇気について 感情的ボクシング論』佐瀬稔

格闘技に魅了される心理は何によって支えられているのだろう? 心の裡(うち)でスポーツとはまた違った次元の衝動に、激しく揺り動かされるものの正体は何なのだろう? 知性と暴力が生み出す計算された攻撃、一歩踏み外せば直ぐそこにある死の予感、肩書な…

『現代作家100人の字』石川九楊

文字を読む──言葉の意味を探るのではなく、筆跡を読む。線の一本一本に込められた“何か”を読み取ろうと丹念に注がれる視線は、点の打ち所をも見逃さない。京都芸術短大講師を務める書家が、現代作家100人の文字を眼光鋭く洞察する。写真を含めてわずか一ペー…

子供の詩

眼に映らないものを大切にしたい。顔で笑って心で泣いている、そういう人の悲しみを汲(く)んで上げられる自分でありたい。一粒の種に、大樹と育つ可能性の全てが備わっている。だが、それは見えない。木枯らしに震える枝は丸裸に見える。しかし、内部では…

もったいない/『落語的学問のすゝめ』桂文珍

時代が飽食と呼ばれ久しく時を経たある頃、清貧と名の付いた本がベストセラーになった。「もったいない」と言う人が少なくなったと嘆く声をよく耳にしたものだ。環境問題に関心の高い人は、割り箸なんかに「もったいない」と思うんでしょうね。貴重な森林資…

『A型の女』マイクル・Z・リューイン

全く酷いものだ。映画や書物につける邦訳タイトルの拙劣さは、これまでにも数多く指摘されてきたが、これなんぞもその最たるものだろう。更なる悲劇が文庫本の表紙を襲う。アメリカあたりの4コマ漫画から取ってきたような淡い色調のカットが、控えめに中央に…

言いわけする哲学/『われ笑う、ゆえにわれあり』土屋賢二

・言いわけする哲学・『こぐこぐ自転車』伊藤礼 凄まじい哲学が誕生した。一言で言うならば「言いわけする哲学」! 鋭い弁解の数々は英知に裏づけられ、際限のない揚げ足取りを集中力が支える。不況に喘ぐ世紀末を生き抜く者にとっては必読の書と言えよう。…

『ドストエフスキー伝』アンリ・トロワイヤ

ダラダラと無為な時間を過ごしている時に思い起こす話がある。 それはかのドストエフスキーが銃殺刑に処せられようとした“あの瞬間”のエピソードだ。革命分子と目され逮捕。予想だにしなかった判決が下される。この時、ドストエフスキー27歳。処刑は3人ずつ…

『銀の匙』中勘助

この本はまもなく読まれなくなるだろう。 コルクの箱に収められた玩具の数々。幼い日の想い出をまざまざと蘇らせたであろう品々の中に銀の匙(さじ)があった。物語はこの銀の匙の想い出から紡ぎ出される。 前編は、主人公の出生から10歳くらいまでが描かれ…

街の変化から時代を読み取るフィールドワーク/『タウン・ウォッチング 時代の「空気」を街から読む』博報堂生活総合研究所

街を楽しもうというコンセプトで編まれた“マーケティング街論”とでも言うべき書物だ。発行は1985年となっているから、バブルの絶頂期に突っ込む前の、街の変化が際立った頃(カフェバー・ブーム等)にはタイムリーな1冊だったのであろう。街の観察の仕方から…

『遊ぶ』富岡多恵子(責任編集)、鶴見俊輔、中野収、畑正憲、三上寛

私は以前から「遊び」ということに多大な関心を持っている。しかし、私が遊び人だということではない。ある青年が(私も青年ではあるが)「最近、遊ぶ場所がないんですよね。まあ金さえ出せばどこでも遊べるんですが……」とぼやいた。今から10年ほど前のこと…

人類に巣食う本能への考察と激論/『争う 悪の行動学』岸田秀(責任編集)、いいだもも、黒沼ユリ子、小関三平、日高敏隆

前半はバトルロイヤルを思わせる対談、後半はそれぞれのレポートで構成されている。多分絶版になっていると思うが、古本屋で比較的入手し易いだろう。新書サイズを一回り大きくした版で、単行本の背を高くした大きさのソフトカバーである。 対談の脚注に工夫…

人間を操作する快感の末路/『心をあやつる男たち』福本博文

高度成長期にさかんに行われた管理職を特訓するST(センシティビティ・トレーニング)と、飽食の時代に入り横行した宗教的な手法を駆使する自己開発セミナー。これらがどのような時代背景の中で誕生し、如何なる社会問題へと至ったのか。あるトレーナーの半…

威勢は好いが腰砕けの感拭えず/『近代の拘束、日本の宿命』福田和也

それなりに読ませる本だ。著者は自ら右翼を名乗る若手オピニオン・リーダー。 前半の国体論には少々辟易させられる。国の構えを論じる場合どうしても防衛という一点を外すわけにはいかないのはわかるが、納得できる説明などしようがないんじゃないか? 根本…

子供の詩

「むげん」中村太一 うちゅうより ひとつ おおきいかずだね 【足立みどり幼稚園 5歳(読売新聞 1999-10-04付)】 君はどうやって、その真理を知り得たのだ? 子供の詩

とんだ肩透かしを食わされた話題作/『ブエノスアイレス午前零時』藤沢周

今月、河出書房より文庫化されることを知り、面白かったら人に薦めてみようと思って読んでみた。ご存じ、昨年の芥川賞受賞作品。いまだにハードカバーを平積みにしている本屋があるところを見ると、結構売れているのだろう。本書にはタイトル作品と「屋上」…

荒技で障害者への偏見をぶっ飛ばす/『無敵のハンディキャップ 障害者が「プロレスラー」になった日』北島行徳

副題は“障害者が「プロレスラー」になった日”。表紙に掲載されている写真を見るとわかるが本物である。正真正銘の障害者の面々だ。小ぶりの写真に何とも言えぬ笑顔の数々が眩しい。 著者が代表を務める障害者プロレス団体「ドッグレッグス」が誕生した経緯か…

歴史に厳然とそびえる不屈の民衆劇/『攻防900日 包囲されたレニングラード』ハリソン・E・ソールズベリー

決して面白い本ではない。事実を一つひとつ積み重ねることによって全貌を現す労作業が、異様な重さとなって読者に覆い被さる。ドイツ軍に包囲されたレニングラードを舞台に、第二次大戦における独ソの熾烈な戦闘が克明に綴られる。 前半はレニングラード侵攻…

驕り高ぶったペンに吐き気を催す/『地獄の季節』高山文彦

実に後味の悪い本だ。ある種の、読みの鋭さはあるものの、それが過剰な自信に結びつきイヤな匂いを放っている。牽強付会という言葉がこれほどピッタリとあてはまる作品も珍しい。事実の一つひとつを、どうしても筋道立てたドラマに仕立て上げなくては気が済…

記憶喪失の凄腕の正体やいかに? 国際謀略小説の巨編/『暗殺者』ロバート・ラドラム

・記憶喪失の凄腕の正体やいかに? 国際謀略小説の巨編・『記憶喪失になったぼくが見た世界』坪倉優介 ・『狂気のモザイク』ロバート・ラドラム ・『メービウスの環』ロバート・ラドラム 国際謀略小説の雄、ロバート・ラドラムの屈指の傑作である。 二十歳(…

笑いが止まらぬパスティーシュ言語学/『ことばの国』清水義範

いやあ、笑った笑った。電車の中で笑いをこらえるのに一苦労した。俯(うつむ)いて本で顔を隠しても「くっくっくっくっ」と笑い声が漏れてしまうのだ。総武線快速で向かい合って座った若い女性が、呆れ返った表情でジロリと視線をくれた。家に持ち帰ってか…

近代を照らしてやまない巨星/『ナポレオン言行録』オクターブ・オブリ編

・近代を照らしてやまない巨星 ・天才とは――・必読書リスト その一 男の本能を掻き立てて止まないものが、ここにはある。 18世紀から19世紀にかけて光芒を放った巨大な彗星、その名ナポレオン。 彼の生涯の浮沈の曲線はかくして完全である。それは地平線の全…

童話に託された英知をすくい取る/『誰も書かなかった灰かぶり姫の瞳』梁瀬光世

サブタイトルが「25の童話の驚くべき真相」。最近この手の本が随分と流行っているようだが世紀末現象の一つであろうか。25の童話を通し、なぜ曲解さたのか、作者が伝えたかった本質は何なのかが、短いが丹念な文章で書かれている。この本で紹介されている物…

夜の闇を切り裂く義足の競歩ランナー/『19分25秒』引間徹

惜しむらくは文体が甘い。それさえ気にならなければ、充分、堪能できるだろう。私は気になるゆえ、点数が辛くならざるを得ない。 新しい集合住宅がそびえ立つ埋め立て地に、突然現れた謎の競歩ランナー。深夜の公園で、彼はオリンピック記録を上回る速さでト…

世界の不思議が勢揃いする壮大なスケールの伝奇小説/『総門谷』高橋克彦

伝奇小説の金字塔ともいうべき傑作である。 UFOに始まり、ナスカの地上絵、ピラミッド、ストーン・サークル、ピリ・レイスの古地図、極移動説等々。これに、フリーメーソンと自衛隊が絡み、歴史上の人物が勢揃いし、遠野物語が基調を奏でる。豪華絢爛、謎と…

魂を射抜く、物語の気高さ/『野に降る星』丸山健二

1月29日深夜零時、読了。放心状態。言葉を失うほどの感動。心酔、では及ばない。圧倒、でも足りない。 「やってくれたな」言葉にならない言葉が胸の裡(うち)で竜巻と化す。魂を撃たれた。射抜かれたと言ってもいいだろう。昂(たか)ぶる心が夜の静寂に包…

孤独な魂が発する鮮烈なメッセージ/『小説家の覚悟』丸山健二

・孤独な魂が発する鮮烈なメッセージ・『メッセージ 告白的青春論』丸山健二 痺れた。心が震えると言うよりは、痺れたと言った方が正確だ。打たれたと言ってもよい。地震ではなく雷のそれだ。 私が始めて丸山の作品を手にしたのは、今から7年前のことだ。以…