他人の行動を傍観する視線は独善的なものになる

 きっと他人の行動を傍観している立場の人間は、どうあっても独善的になるものなのだろう。考えてみれば当然の話だ。観察されている人間ほど無防備なものはなく、観察している人間の想像力ほど身勝手なものはないからだ。
 たとえば、雨の日にクルマに乗っていると、傘をさして道を歩いている歩行者が、皆、バカに見える。また、高層ホテルのラウンジのような場所から下を見おろす時など、私は、下界の人間がすべて自分より数等卑小な人間であると思い込んでしまう。
「暑いのにご苦労なことだな」
 と私は、地上を歩いているビジネスマン風を指して言う。
「まるで昆虫だな」
 と、友人が言う。
「虫だって、暑い時は日陰に入るぜ」
 と私が言う。そして、我々はカクテルのお代わりを注文して、どこかの大物になったみたいな気分で椅子の背もたれに寄りかかる……なんとまあ子供っぽい優越感であることだろう。


【『「ふへ」の国から ことばの解体新書』小田嶋隆徳間書店、1994年)】


「ふへ」の国から ことばの解体新書