下劣を叱咤する名ゼリフ/『スカラムーシュ』ラファエル・サバチニ


 活劇ロマンの名作。『モンテ・クリスト伯』に連なる系譜の復讐譚である。芝居がかったセリフが実に面白い。

「きさまは上着の着方や髪の結い方以外に──うん、そうだ、子供や僧侶を相手に武器をもてあそぶこと以外に人生や人間については何も知らないのか? 考える心も、心で見たことを内省してみる魂ももってないのか? 自分が怖くてならないものを殺すという卑怯なやり方、それもこんな方法で殺すのは二重に卑怯だということを、人に教えてもらわなければならないのか? うしろから短刀でつきさしたのなら、自分の下劣な勇気を示したことになるだろう。下劣さもありのままってわけだ」


【『スカラムーシュラファエル・サバチニ/大久保康雄訳(創元推理文庫)】


ノーブレス・オブリージュ」という概念は、身分制度を認めてしまうようで個人的に好きじゃない。もちろん、「武士道」も嫌いだ。いつの時代だって社会を支えてきたのは農民だったはずだ。


 これらの言わば「自発的モラル」の根底にある「卑怯を恥じる精神」に我々は感銘を受けるのだろう。


ドレフュス事件」で孤立無援のドレフュス大尉のために立ち上がったのはエミール・ゾラであった。「オーロール(曙)」紙の一面に「私は弾劾する」という大見出しが躍った。ゾラは、大統領宛ての公開質問状を掲載し、軍部の不正を糾弾した。ある時、ゾラはこう呼びかけた。「青年よ、青年よ、君は恥ずかしくはないか。正義の人が何の助けもなく、孤立無援で、卑劣な攻撃と戦っている時、それを黙って見ていて、青年よ、君は恥ずかしくないのか――」。


 恥を恥とも思わなくなるところから社会は堕落する。で、堕落を助長しているのはメディアだ。政治家、タレント、芸能リポーターに至るまで、どいつもこいつも恥知らずだ。昨今はテレビ局お抱えの女子アナがこれに加わっている。毎日、飽きることなくテレビを観ている人は、段々違和感を覚えなくなるはずだ。こうしてメディアは「常識を書き換えて」しまう。テレビカメラの向こう側にいる連中は、金さえ出せばどんな風にでも踊る連中に過ぎないにもかかわらず。モラルは地に堕ち、今となっては地中にめり込むほどの勢いだ。


 卑怯を恥じ、卑怯を憎む精神はどこへ行ってしまったのだろうか。よし、来年はこれらを探す旅に出ることにしよう。


スカラムーシュ (創元推理文庫 513-1)