なぜ夜空は暗いのか?/『夜中に犬に起こった奇妙な事件』マーク・ハッドン


 自閉症の少年が主人公のミステリ。自閉症の内面世界が見事に描かれており、この一点においてはエリザベス・ムーンの『くらやみの速さはどれくらい』(早川書房、2004年)よりも優(まさ)っている。


 ミステリ作品を装っているが、テーマは「自閉症者と一般人」「親と子」「隣人と家族」など、異なる価値観――あるいは世界観――を持つ者同士がどう折り合いをつけるか、である。


 主人公の少年は軽度発達障害に特有の抜きん出た記憶力を武器に、隣家の犬を殺した犯人を探り当てる。物語に挿入された科学ネタが秀逸だ――

 長いあいだ科学者たちは、空が夜暗いという事実を不思議に思っていた、宇宙には何兆という数の星があってどちらの方向にも星はあるはずで、星の光が地球にとどくのをじゃまするものはほとんどないのだから、空は星の光でいっぱいのはずなのになぜ暗いのだろうと思っていた。
 そこで科学者たちは、宇宙が膨張しているのだと考えた、ビッグバンのあと星はたがいにすごい速度ではなれていっている。われわれから遠ければ遠いほど速い速度で動いていく、そのなかのあるものは光の速度くらい速い、だから星の光がわれわれのところにとどかないのだと考えた。


【『夜中に犬に起こった奇妙な事件』マーク・ハッドン/小尾芙佐訳(早川書房、2003年)】


 アインシュタインの「宇宙定数」を知っている人なら、このテキストのユニークさを理解できるだろう。


 一般相対性理論の方程式は、宇宙空間の大きさが変化することを示していた。だがこの事実をアインシュタイン自身が受け入れることができなかった。そこでアインシュタインは「宇宙定数」という量を導入して、方程式を修正した。結局、間違っていたのはアインシュタインだった。一般相対性理論は発案者の予想以上に正しかった(ブライアン・グリーン著『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する草思社、2001年、スティーヴン・W・ホーキング著『ホーキング、宇宙を語る ビッグバンからブラックホールまで早川書房、1989年)。


 宇宙が膨張していることを発見したのはハッブルだった(1929年)。ハッブルは大部分の銀河が赤方偏移ドップラー効果の一つ)を示していることを観測し、銀河という銀河が我々から遠ざかっている事実を明らかにした。


 このような科学上の発見については比較的知られていることと思うが、その前提は意外と知らないことが多い。確かに、マーク・ハッドンの記述が事実かどうかは確認する必要があるだろう。それでも、膨大な数の星があることは当時からわかっていたわけだから、「夜空は明るいべきだ」と考える科学者がいても不思議はない。


 こんな一文にも、マーク・ハッドンの物語巧者としての一面が窺える。


夜中に犬に起こった奇妙な事件 (ハリネズミの本箱) 夜中に犬に起こった奇妙な事件
(※左が単行本、右が新書)