・『初秋』ロバート・B・パーカー
・『チャンス』ロバート・B・パーカー
・『突然の災禍』ロバート・B・パーカー
・『スクール・デイズ』ロバート・B・パーカー
もう三度か四度読んでいる。それでも、「こんなに面白かったのか!」というほど堪能した。スペンサーの機知とユーモア、皮肉と諧謔(かいぎゃく)はシリーズ中ぴか一と思われる。
護衛を依頼してきたレイチェル・ウォレスは著名なフェミニストだった。対するスペンサーは騎士道精神を体現したマチズモである。これだけで既に何かが起こりそうな予感がする。ただし、レイチェルは女性の権利を守ろうとして常に社会と対立する位置に身を置いているが、スペンサーは自分の信念に照らして行動している。つまり、レイチェルはフェミニストという立場に生きていたが、スペンサーは常に自分自身であろうと努めた。それ以外はあまりにもよく似た二人だ。
「で、きみはいつも自分の好きなことをする」
「ほとんどの場合。できないことも時にはある」
【『レイチェル・ウォレスを捜せ』ロバート・B・パーカー/菊池光〈きくち・みつ〉訳(ハヤカワ・ノヴェルズ、1981年/ハヤカワ文庫、1988年)以下同】
「おまえたち、だと?」私が言った。「おれたち? おれは、おれとおまえのことについて話してるんだ。おれたちやおまえたちについて話そうとしているんじゃない」
スペンサーは自分に依って立っている。自分自身だけに帰属している。組織とは無縁だ。彼は、「寄らば大樹の陰」という生き方を嘲笑する存在だ。
「彼女(※スーザン)は連れ歩くような人間じゃない。同席を承知してくれたら、あんたにとっては幸運だ」
「今の口調は気にいらないな」レイチェル・ウォレスが言った。「そのレイディ・フレンドのために、わたしたちが給料を払ってる仕事からあなたの注意がそれというのは、わたしとしては当然の関心事だわ。危険が生じたら、まず彼女を守るの、それともわたしを守るの?」
「彼女だ」
価値観とは優先順位を明らかにするものである。仕事は人生の一部に過ぎない。それが単なる労働であれば順位は更に低くなる。
「なぜボクシングをやめたの?」
「能力の限界に達したんだ」
「優秀なボクサーじゃなかったの?」
「優秀だった。偉大ではなかった。優秀では生きていけない。充実した人生を送れるのは偉大な連中だけだ。それに、あまりきれいな世界じゃない」
客観的な自己評価が、自分にできることとできないことを判断する基準となる。スペンサーは大言壮語とは無縁だ。どこまでも、ありのままの自分に忠実であろうとしている。
異なる信念を持つ二人の人生が交錯し、互いの主張を受け容れることもなかったが、スペンサーがレイチェルを救出したことで二人は深く理解し合う。レイチェルを救い出したスペンサーは声を上げて泣く。その夜、レイチェルは自分の弱さをさらし出す。互いを人間として見つめることができた瞬間に二人の心はつながった。