古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

デタラメの底に覗くタフな精神/『フロスト日和』R・D・ウィングフィールド

 数年前の話題作でシリーズ第2作目となる本書は714ページで厚さが何と2.6cm。ロンドンから120km離れた地方都市デントンが舞台。上司から疎(うと)まれ、部下からは蔑(さげす)まれているジャック・フロスト。以前、いくつかの書評を読んだ際に、ただの好い加減な中年という印象を受けたのだが、とんでもない誤りだった。アクの強いタフ・ガイである。これは作品全体についてもいえる。その辺りで好き嫌いが分かれるところだろう。


 フロストは同僚からのみならず、被害者からも煙たがられる。例えばこんな調子だ――

「きみは、度しがたい間抜けだ。くそにも劣る能無しだ。そんなやつを殴っても、わたしの手が汚れるだけだ」


 これはデントン・ウッドの森で連続暴行魔の被害に遭った女性を、捜索願いの出ていた女子高生と間違えたのがそもそもの原因。被害者はストリッパーをしていた30歳の女性であった。先の発言に対してフロストはこう語る――

「だが、あちらの言うことは正しい。おれはまさにその通りの人間だもの」


 その上、フロストは怠け者だった。以下は下院議員の息子を引き逃げ容疑で事情聴取する際のやり取り――

「だが、まあ、ほかに名案も思いつかないことだし、ここはひとつ、おまえさんの言うやり方でやってみるか。事情聴取はまかせた。おれは、閃(ひらめ)きを司(つかさど)る女神が股倉のアンテナをくすぐったときだけ、控え目に口を挟ませてもらうことにするよ」


 更にフロストはドジだった――

 会議室のドアが勢いよく開き、遅刻者がよたよたと入室してきた。入室したとたん、ラガー・ビールの空き缶につまずくというおまけつきで。遅刻者に蹴り飛ばされた空き缶は、通路を転がり、演壇の上に跳ねあがり、アレン(警部)の靴に当たってようやく止まった。


 だが、彼はタフなのだ。この後、このように続く――

「おはよう、フロスト警部。会議はきみ抜きで始めさせてもらったよ」「気にしなくていい」フロストは悪びれる様子もなく言った。「今朝、くそいまいましい捜査会議があることを、すっかり忘れてたんだ。長くはかからないだろう? ひとつ手短に頼むよ。10時から始まる検死解剖に立ち会わなくちゃならないんだから」フロストは、ぶるっと身を震わせた。「なんだ、この部屋やけに寒いな」開け放ってあった窓を派手な音を立てて閉めると、彼は最後列の空席に腰をおろし、煙草に火をつけた。


 フロストが入って来る前に、アレンが煙草を禁じ、窓を開けさせた直後の出来事。主導権の握り方が実にふてぶてしい。この後も煙草を控えてもらいたい、とアレンから注意されるが――

「そうかい」フロストは煙草をくわえたまま、笑みを浮かべた。「おれも煙草を吸ってるあいだは、小難しい演説を控えてもらいたい。だが、おれに気遣いは無用だよ。なんとか我慢してみるから」


 と応酬し、一同の爆笑を誘う。めいっぱい煙を吐き出したフロストの隣にはマレット警視が座っており、フロストは恐怖にすくみ上がる。


 火曜日の夜勤から、金曜の夜勤までが描かれているが、その間、フロストとウェブスターのコンビは殆ど眠らずに仕事をしている。連続暴行魔事件を始め、浮浪者殺人事件・窃盗・ひき逃げ・賭博場での現金強盗・警官殺人と事件づくめ。「そもそもなすべきことが多すぎた。おまけに、どれひとつ片づいてくれそうになかった」(256p)。そうして、犯罪統計の提出資料は仕上がることなく、残業手当の請求書類も手付かずのままだった。ウェブスターは業を煮やす。


「くそっ、どうせなら、われらが敬愛すべき署長の、生殖機能を司る部分を蹴飛ばしてやりたいよ」(512p)などと部下の前で喚(わめ)き立てる彼は、確かに洗練とは懸け離れた存在で、ダーティーな印象を受ける。だが、やくざ者の弱みに付け込んで、彼の店で働いていた被害者のストリッパーに対して、療養中の給料を払うよう促す優しさなどは、大いに彼の人柄を窺わせるものだ。また、署長が下院議員の圧力に屈している時でさえ、彼は自分の信念を絶対に譲らない。


 事件の謎が明らかとなった時、フロストはこう語る――

「まあ、お巡りとしちゃ、たぶん、それほど出来のいいほうじゃないだろう。それでも、やっぱりおれはお巡りだ。そもそも、なぜお巡りになろうと思ったのかは自分でもよくわからない。だが、そんなおれにも、これだけは言える。おれは捏造(ねつぞう)された証拠を黙って見逃すために、お巡りになったんじゃない。死んじまったやつに、たとえそいつがけちな悪党だったとしても、犯してもいない人殺しの罪が着せられるのを黙認するために、お巡りになったんじゃない」


 普段はだらしのない警部であるが、実は志を見失ってはいない。その点を踏まえると、妙にバランスの悪い表紙カバーのイラストも、どことなく星一徹に似て見えてくる。


 事件解決への途上で、やや御都合主義的なところが散見されるものの、そんなものには目を奪わせないだけの魅力がフロストにはある。ありきたりのヒーローにうんざりしている人にとっては、うってつけの一書である。


 この作品では顕著なんだが、イギリス人ってのは罵る時は、やたらと「くそ」をつけると見える。「くそ古本屋から、くそ面白くない本をつかまされ、くそ店主を喜ばせてしまった」などと言われぬよう精進(しょうじん)を心掛けたい。