古本屋の覚え書き

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反転する希望/『青い虚空』ジェフリー・ディーヴァー

    • 反転する希望

 ハッカーが起こし得る犯罪の究極を描いた作品。実際に行うことは難しいだろうが、コンピュータによるネットワークが張り巡らされた現在、「ない」ものとして切り捨てることもできない。タイトル(The Blue Nowhere)は、インターネット空間を意味するディーヴァーの造語。実にセンスがいい。


 ハッカーは次々と殺人を犯す。個人情報をやすやすと入手し、相手の生活パターンまで知り尽くす。ネットワークで接続されているもの全てをコントロールし、支配する。セキュリティ、クレジットカードはもとより、信号機から送電線に至るまで自在に操る。


 犯人の名は物語の前半でわかる。まだ読んでいないページの厚みを指で確認しながら、「こんなに楽しみを残してくれるのか」と思わずニンマリする。業を煮やした警察は、拘留中のハッカーに捜査の応援を依頼する。

 希望は一片でも持ってはいけない。監獄では、期待が死への第一歩だ。


【『青い虚空』ジェフリー・ディーヴァー/土屋晃訳(文春文庫、2002年)】


 拘留中のハッカーが自分に言い聞かせる言葉。警句の余韻が何とも言えない。淡い期待は刑期の長さを再確認することに他ならず、不自由さを思い知らされる羽目となる。それがわかっていながらも、ないものをねだるのが人間の性(さが)であろう。ハッカーが希望と絶望の狭間で揺れ動く様を見事に表現している。


 土屋晃の訳文も読みやすい。例の如く物語を二転三転、四転五転させるディーヴァーのお手並みが見事。


青い虚空 (文春文庫)