古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

言葉の謎――(i母音)+ウム考


 不明な点が多いと言葉は謎の度合が一気に高まる。今回は私の自己省察的思惟による三段腹論法を展開したい。


 ミステリを読んでいると時たま“リノリウムの床”ってえのが出て来ますな。ミステリ好きであるにもかかわらず「エー、そんなの知らんぜよ〜」と中国・四国地方と推察される言い回しで嘆くあなたは、この言葉に目をつむっているのである。すなわち、知らない言葉を認知することによって、自己の無知がさらけ出されることを拒否していると推論される。


 余談が少し過ぎた。
 

 初めて“リノリウムの床”が行間から立ち現れた時、私は「リノリウムって何だべな? わっかんないっしょ〜(わからないでしょ)」と故郷の言葉で慨嘆したものだ。


 人によってもかなりの相違があるのだろうが、私の場合“(i母音)ウム”と聞くと、“アルミニウム”を連想する。幼少期を高度経済成長時に過ごした刷り込みの残滓(ざんし)であろうか。それ故“リウム”が付された言葉に金属的な印象を勝手に附与してしまうのだ。ここに私の人生の悲劇の発端があったと言っては過言である。


 余談がどんどん過ぎるなあ。
 

 つまり“リノリウムの床”を推理した脳味噌が出した結論は「ははーん、つまり硬くてピカピカの床なのだな」というものだった。理解したつもりになった私がイメージしたのは映画『スター・ウォーズ』などに登場する宇宙船に備えられた床であった。因みに『スター・ウォーズ』は見たことがない。『ミクロの決死圏』は見たけどね。


 余談が加速を増してきた。
 

 そうして昨年、辞書を繙(ひもと)いた私は「無知との遭遇」を体験することと相成った。

リノリウム【英 linoleum】(名)
 乾性油・樹脂・コルクくずなどをまぜて麻布に塗ったもの。洋風建築の床にしく。(『国語辞典 改訂増補版:講談社』より)


「コルクくず」と「麻布」の語彙が私を撃った。私はひとつ賢くなり、ひとつ愚かになった。“リノリウムの床”が硬くはないことを知ったが、その正体はいまだ不明である。容疑者と思われる床を見たことがあるような気もするが、現在、特定できるまでに至っていない。床であることはわかっているのだが「麻布」をどうやって確認すればよいのかが目下の懸案事項である。


 人生経験は36年になるが言葉の謎は深まるばかりである。


【付記】ゼラニウムという名の花がある。赤やピンクの花を元気一杯に咲かせるヤツだ。初めてこの花の名前を知った日より、今日(こんにち)に至るまでどうしても金属的な印象を拭えない。私が“(i母音)ウム”でアルミニウムを連想しないのは「アクアリウム」と「プラネタリウム」のみである。