「知識」は手段に過ぎない/『独創は闘いにあり』西澤潤一

 ・「知識」は手段に過ぎない


『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』ピーター・ティール with ブレイク・マスターズ


 西澤潤一東北大学総長、岩手県立大学学長学長を歴任し、現在は首都大学東京の学長。「光通信の父」であり、「ミスター半導体」とも呼ばれている。発明現場での格闘を綴ったエッセイ。実は私が生れて初めて買った古本で、それだけに思い入れが深い。役所が新発明を認めない件(くだり)が圧巻。

 知識の量を自慢したり、上等のことを知っているというので得意になっている人がいるが、そういう人を、人として上等だとは思っていない。
 たとえば大学の試験など、教科書、参考書、辞書を持ち込んでもいい。高度な学問のためには大量の知識を必要とするが、本来はそのような本を見ればすむことなのだ。社会に出たら文献はもちろん、他人の頭まで使ってよいのだ。


【『独創は闘いにあり』西澤潤一(プレジデント社、1986年/新潮文庫、1989年)】


 世界と渡り合ってゆくためには、頭が強くなければならない。知育偏重が人間の顔を失った官僚組織を作り上げたのだ。知識はあっても頭が弱い。何にも増して精神性が欠如している。教育の目的が人間力を向上させることにあるとすれば、我が国に教育は存在しない現状となっている。


「外に打って出る」人間を育てなければ、亡国へのスピードは増すばかりであろう。