古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

運とは流れ/『運に選ばれる人 選ばれない人』桜井章一

 運命なんぞにはとんと興味のない私だが、20年間無敗の雀鬼が語る「運」には耳を傾けざるを得ない何かがある。「運」というよりは「流れ」であり、「変化」を敏感に感じ取り、つかまえることが大切であると桜井章一は説いている――

 運命を変えるには単に信念を持って行動を続けるとか、真面目にコツコツ努力すればいいというものではありません。変化を感じ取り、流れをつかめばおのずと運命は変わっていきます。すべてのものは絶え間なく変化しているのであり、それにリズムを合わせることが出来れば自然に運命は変わっていきます。運命を変えたいのになかなか変わらないなと思っている人は、周りで起こっている変化を感じようとしないので変わらないのです。変化をつかみ、その上でさらに自分が望む流れをつくっていこうと思えば運命は確実に変わります。


【『運に選ばれる人 選ばれない人』桜井章一東洋経済新報社、2004年/講談社+α文庫、2007年)】


 一週間ほど更新が滞っていたが、実は札幌の実家で父が倒れた。直ちに救急車で搬送されたが意識不明・四肢麻痺の重態。脳幹出血との診断だった。これだって、一つの「流れ」といえる。父の意識はまだ戻らず、予断を許さない状況ではあるが、今後も小さな変化が何度となく現れることだろう。


 ま、親の病気や死を「運命」などという言葉で大仰(おおぎょう)に語りたくはない。そんなことは、私が子として生まれた時から受け容れなくてはならない既定の事実である。だが、たとえそうであったとしても、「今日、明日がヤマ」と医師から告げられると、今尚生きている現実に感謝の念が湧いてくる。


 誰人たりとも生老病死(しょうろうびょうし)を避けることはできない。これ自体が人生のリズムであり、流れそのものだ。ブッダは四苦として説いたわけだが、これらの苦しみとどのように付き合うかが幸不幸の命運を分かつのだろう。


 もしも、運命なるものがあるとすれば、ある時は甘受し、ある場合は戦う必要が出てくる。「命を運ぶ」と書くのだから、そこに自分の意志を働かせることは十分可能だろう。


 風がなければ凧(たこ)は空高く舞うことができない。波がなければ波乗りを楽しむことも不可能だ。つまり、人生の変化をよりよい方向へリードできる人であってこそ、自分の人生の舵(かじ)を取っているといえよう。


 世界を見渡せば、病気で死ぬことはまだ幸せな部類に入る。しかしそれでも尚、私は運命と対峙し、徹底抗戦するつもりだ。