古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

性はアイスクリームを食べるのに似ている/『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル

 これはめっけものだった。華麗な文章で奥深い世界に迫っている。

 また別の文化では、性はアイスクリームを食べるのに似ている。未経験の人にとってアイスクリームのひとすくいは冷たくて味気無いものかもしれないが、実はひそかな深い味わいをもっている。ポップコーンを咀嚼するのに必要な筋肉に比べれば、アイスクリームを食べるのは、目のくらむような美的快楽を誘発できるような耽溺の行為である。これぞ霊的忘我なりと言うむきがあってもおかしくない。アイスクリームを食べるのは口中の満足という段階を超えている。アイスクリームの場合、器官の局部的な動きはただのひとつも必要ないからだ。噛むという、筋肉、腱、骨を動員する運動は必要がない。アイスクリームに心底からの情熱を燃やす人は、もはや小片を歯でかみ切るなどというものではない。凍った歓喜の塊にキスをし、そっと吸い、舌と口蓋の間においてやさしくころがし、うまみを口中に広がらせたうえで、頭にまでそれを浸透させ、体内を駆け巡らせ、アイスクリームという実在の気孔という気孔を、アイスクリームの霊的存在の分子という分子を浸透させるのである。せわしなく口蓋を動かして食べるのではその醍醐味は味わえまい。


【『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル/浅野敏夫訳(法政大学出版局、1994年)】


 ゾクゾクさせられる文章である。アイスクリームという暗喩は、「溶けて一体となる感覚」を見事に示している。


 性愛術の世界が侮れないのは、キリスト教が性を抑圧した歴史に踏み込んでいるためだ。愛とは神に捧げるべきもので、人間に向けるものではなかった。それゆえ、夫婦であっても快楽を伴う性交渉は「罪悪」とされてきたのだ。神様ってえのあ、随分とまた狭量だね。かような抑圧があるから、その反動としてモルモン教みたいな連中も現れるのだろう。


モルモン教の創始者ジョセフ・スミスの素顔/『信仰が人を殺すとき』ジョン・クラカワー


 後半では道教の教えを中心に、具体的な手法が紹介されている。要は、エネルギーを交換し合うという概念だ。一言でいえば挿入したまま1時間頑張れって話である。性急な快感よりも、妊娠の一体感に近い状態なのかも知れない。


セックスとは交感の出来事/『悲鳴をあげる身体』鷲田清一