脳内で繰り広げられる道路工事/『まず、ルールを破れ すぐれたマネジャーはここが違う』マーカス・バッキンガム&カート・コフマン

脳細胞の数は銀河系の星の数よりも多い


 優れたビジネス書にも脳科学の記述がある。そりゃそうだ。ネットワークという思考が行き着くところは脳内のシナプスでありニューロンなのだから。

 子供が3回目の誕生日を迎える頃までに、完成された結合は桁外れの数になる。1000億のニューロンの一つひとつが1万5000のシナプスを形成する。
 しかしこれでは多すぎる。頭のなかを駆けめぐる膨大な情報で溢れ返ってしまう。これらの情報すべてに自分なりの意味を持たせることが必要だ。自分なりの意味だ。したがってそのあと10年前後のあいだに、この結合のネットワークは、自分の頭のなかでさらに磨きをかけ、そして整理統合することになる。強力なシナプス結合はますます強力になり、弱い結合は次第に消滅する。ウェイン・メディカルスクールの神経学教授、ハリー・チュガニ博士は、この淘汰の過程を幹線道路のシステムにたとえてこう説明した。
「最も交通量の多い道路は拡幅する。ほとんど使われない道路はそのまま放置される」


【『まず、ルールを破れ すぐれたマネジャーはここが違う』マーカス・バッキンガム&カート・コフマン/宮本喜一訳(日本経済新聞社、2000年)以下同】


 それにしても不思議だ。ここにはシナプスの結合強化がどのような理由で行われているのかが書かれていない。欲求なのか、興味なのか。あるいは自分が置かれた環境における利害なのか。はたまた脳自体が感じる心地よさなのか。意識では自覚することのできない、広大な無意識の領域が我々を形成している。


「最も交通量の多い道路は拡幅する。ほとんど使われない道路はそのまま放置される」――この喩えは秀逸。さながら、仏法で説かれる業(ごう)の如し。習慣は癖となり、癖は業と化す。時間軸における最大要素。私の場合、「使っていない道路」が多いような気がするが、これまた気づくことができない。もう、なくなったのかもね。


 そして、こう続く――

 思いやり用に四車線道路を備えることができれば、周りの人たちの気持ちを自分のもののように感じることができるだろう。これとは対照的に、思いやり用に荒野ができあがってしまうと、感情的には何も感じることなく、不適当な人に対して不適当な時間に不適当なことをいつまでたっても話し続けるだろう。別に悪気があるわけではない、ただ自分に送られてくる感情の信号の周波数にうまく合わせる能力がないだけだ。同様に、論争に適した四車線道路を備えていれば、その人は実に幸運で、議論の最中にその頭のなかから次々と完璧な言葉が吐き出されてくる。論争用に荒野しか持っていない場合、その人の脳は、肝心の勝負を決めるその瞬間に活動を停止してしまい、その口からはまったく言葉が出なくなるだろう。
 これらの脳の道路が、その人のフィルターなのだ。その本人を他でもないその人自身にする行動の習慣的パターンを作り出している、ということだ。どの刺激に反応し、どの刺激を無視すべきかを指示している。どの分野にすぐれているか、どの分野は不得意かを規定する。その人の気持ちや意欲を盛り上げるのも、無気力や無関心にさせるのもすべてこのフィルターなのだ。


 なーるほどね。これが、「自分という名のバイアス」。結局のところ、自分と環境の相互作用によって形成された欲求ということになりそうだ。するってえと、泥棒の子は泥棒の発想となり、王様の子は王様の振る舞いが身につくのだろう。では、生まれによって人生が決まってしまうのだろうか。否。そんなこたあない。これを「御破算で願いましては」と振り出しに戻す作業が“教育”なのだ。だから、二世議員とか二世社長ってえのあ、馬鹿だと思いますな。だって、親に敷いてもらったレールの上しか歩けないんだからね。


 さあて、新しい道路でもつくるとするか(笑)。早速、興味のない本を読むことにしよう(ニヤリ)。


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