古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

便所に咲いた美しい花/『詩の中にめざめる日本』真壁仁編

【※「公衆便所のウンコをプロファイリングする」を参照してから読まれよ】


 あの〜、誤解されぬよう願います。痔瘻(ぢろう)の方の肛門ネタではござんせん。


 便所という狭い空間に様々なドラマがある。「んなモンあるわけねえだろ!」と反論されれば、私は敢えて異を唱えるつもりはない。「じゃあ、最初っから馬鹿なことを言うんじゃねえーよ!」と重ねて言われれば、素直に謝罪する準備はできている。


 今日、偶然手にした本に一遍の詩が載っていた。国鉄(当時)職員が書いた作品だそうな。心を打たれたね。参った。降参です。こんな心栄(ば)えの好い職員がいながら、どうして国鉄は駄目になっちまったのかね〜?


 私は、江戸川区内の、とある公園の便所にウンコをぶちまけた犯人に対して、この詩をピストルのように突き付けたい。更に、通常の方の倍ほどもトイレの世話になっている頻尿野郎の私自身に対しても、匕首(あいくち)のように突き付けたい。

「便所掃除」浜口国雄


 扉をあけます。
 頭のしんまでくさくなります。
 まともに見ることが出来ません。
 神経までしびれる悲しいよごしかたです。
 澄んだ夜明けの空気もくさくします。
 掃除がいっぺんにいやになります。
 むかつくようなババ糞がかけてあります。


 どうして落着いてくれないのでしょう。
 けつの穴でも曲がっているのでしょう。
 それともよっぽどあわてたのでしょう。
 おこったところで美しくなりません。
 美しくするのが僕らの務めです。
 美しい世の中もこんな所から出発するのでしょう。


 くちびるを噛みしめ、戸のさんに足をかけます。
 静かに水を流します。
 ババ糞に、おそるおそる箒(ほうき)をあてます。
 ポトン、ポトン、便壷(べんつぼ)に落ちます。
 ガス弾が、鼻の頭で破裂したほど、苦しい空気が発散します。
 心臓、爪の先までくさくします。
 落とすたびに糞がはね上って弱ります。


 かわいた糞はなかなかとれません。
 たわしに砂をつけます。手を突き入れて磨きます。
 汚水が顔にかかります。
 くちびるにもつきます。
 そんなことにかまっていられません。
 ゴリゴリ美しくするのが目的です。
 その手でエロ文、ぬりつけた糞も落します。
 大きな性器も落します。


 朝風が壷から顔をなぜ上げます。
 心も糞になれて来ます。
 水を流します。
 心に、しみた臭みを流すほど、流します。
 雑巾(ぞうきん)でふきます。
 キンカクシのウラまで丁寧にふきます。
 社会悪をふきとる思いで、力いっぱいふきます。


 もう一度水をかけます。
 雑巾で仕上げをいたします。
 クレゾール液をまきます。
 白い乳液から新鮮な一瞬が流れます。
 静かな、うれしい気持ですわってみます。
 朝の光が便器に反射します。
 クレゾール液が、糞壷の中から、七色の光で照らします。


 便所を美しくする娘は、
 美しい子供を生む、といった母を思い出します。
 僕は男です。
 美しい妻に会えるかもしれません。


【『詩の中にめざめる日本』真壁仁編(岩波新書)/※私が参照したのは『君の可能性 なぜ学校に行くのか』斎藤喜博(ちくま少年図書)】


 ウンコぶちまけ犯人と、この方が同じ人間であるということが、なかなか信じられない。人間の下劣と崇高のはざまに無限が横たわっている。便所という極小の空間にも天国と地獄が存在する。 作者が磨いた便器以上に、この詩を読んだ人の心が洗われることは、まず間違いだろう。