古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

『幻の特装本』ジョン・ダニング

 圧倒的な人気を博した『死の蔵書』(早川文庫)の続編である。


 読み終えて私は唸った。「ウ〜ン……」。それから「マンダム」と付け加えるべきか否か迷った。前作と比較するとスピード感に欠けるのだ。だが、作者を責めるわけにもゆくまい。出来は悪くないのだが、見劣りするというのが本音だ。著者自身がシリーズ化の落とし穴を一番よく知っていると見える。後書きによれば、年1冊のシリーズ化を要望してきた出版社に対し、ダニングは「主人公や背景が同じ小説を1年に1冊書いていれば、マンネリになるに決まっている」と断ったそうだ。


 稀覯(きこう)本を奪って逃走した女を捜索している内に次々と殺人が行われる。莫大な資産価値を持つ特装本は、限定版専門の出版社が作ったものだった。存在するはずのない、エドガー・アラン・ポー作『大鴉』は存在するのか? ジェーンウェイが動き出すや否や、過去の忌まわしい事件が明るみに出る。これが大筋。


 出だしは快調である。ジェーンウェイとスレイターのやりとりは小気味好いテンポで奏でられる。逃走したエリノアも魅力的だ。他人に理解してもらえない鬱屈を抱えている様が上手く描かれている。ラストの大立ち回りもサーヴィス満点といってよかろう。


 物語のスピードを減じたのは、稀覯本の説明がやや冗長となっているせいだろう。しかしながら、殺人事件のための動機に説得力を持たせるためには止むを得ないところか。「ふ〜む、こういう世界もあるのだな」とは思うものの、やや本末転倒の気配あり。


“書痴”とでも名づける他ない人々が、数冊しか存在しない本を入手するために手練手管を尽くして獲得を興じる。人間の純粋な欲望が狂気によって支えられている様がよくわかる。欲しい物しか眼中になくなり、身を焼き尽くすような衝動が殺人にまで発展する。“欲しい”と“殺す”は背中合わせだ。


 独立したストーリーなので、前作を未読の方はこちらから読まれることをお薦めする。