古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

意地の悪い引用

 戦後、「利口な奴(やつ)はたんと反省するがいい。俺(おれ)はバカだから反省などしない」と言った高名な文芸評論家がいた。戦時中、古典に沈潜し、「記憶するだけではいけない。思い出さなくてはいけない。でも、心を虚(むな)しくして上手に思い出すことは非常に難しい」と説いた人だ。それこそ反省という営みであるはずなのに、本当は利口なので、いち早く虚心を捨てたらしい。


発信箱:忘れられた追悼式=伊藤智永(外信部)/毎日jp 2009-08-15


 文章はいいのだが、いささか意地が悪い。文芸評論家とは小林秀雄である。セリフが果たして正確といえるだろうか? 「頭のいい人はたんと反省するがいい。僕は馬鹿だから反省しない」(Wikipedia)、「僕は馬鹿だから反省しない。利口な君達は、好きなだけ反省すればいいんじゃないか」(Street / Fighting / Men)といった表現もある。座談会ということを踏まえると、「俺」という発言は不適切に感じる。新潮社の『小林秀雄全作品』を2冊ほど読んだが、対談では若い頃からの友人である今日出海に対しても「僕」で通している。そういう意味では、悪意が感じられる文章だ。