日垣隆が文雅新泉堂をこき下ろしていた


 作家の日垣隆文雅新泉堂を貶(けな)している記事を数日前に見つけた――

 日垣は何の根拠も示さずに「99.9%」の客は支払うはずだ、としている。この前提で相談者に対して「0.1%のために99.9%に不利益を転じる愚は何としても避けていただきたい」と助言している。


 日垣は、万引きの多発によって潰れる書店があることを知らないのだろうか? 少数の悪質な客への対応策を取ることで、多数の客に不利益を与えてはならないという主張は全く馬鹿げたものだ。


 この後で、日垣が文雅新泉堂から本を購入したところ、メールマガジンが配信されるようになった。で、文雅新泉堂のサイトを見たところ、「悪質な代金不払い者」の個人情報がアップされていた。ここから文雅新泉堂への攻撃はトーンが激越な調子となる。


 何らかの事実に対して意見を述べるのは自由だ。それを否定するつもりはない。私もその件については知っている。しかし日垣は意図的な印象操作を加え、情緒的な文言を羅列する――


「『駈け出しネット古書店日記』(晶文社)というイライラする本」、「行動半径がすこぶる狭い人」、「このたぐいの自己チュー男」、「彼にはそのような柔軟性や堪え性(こらえしょう)が微塵もない」、「やはり責任を相手に押しつけたいだけ」、「この自己中心的ネット古書店主」


 このように悪し様の罵った挙げ句、見知らぬ人物に対して「お前」呼ばわりをしている。しかも、ご丁寧に文雅新泉堂の師匠に当たる北尾トロの著作まで引用して攻撃を加える。


 これらの根拠となっているのは、自分(日垣)のサイトの集金だけである。そして、記事の一部は雑誌に掲載したもののようだ。


 どんな商売であれ、それなりの苦労があるものだ。オンライン古書店の多くが電話注文を受けないのは、あまりにもわけのわからない電話が多いためだ。しかも、ただ本を探しているだけで、購入に結びつかないケースも多い。単なる言い間違え、聞き間違えというレベルではなく、発送した後で送り返されることもある。相手にしていると、結局こちらが検索までして別の古書店を紹介する羽目となる。こうしたことは、レアケースではないのだ。


 目に余る文章から、日垣の性根を垣間見ることができよう。日垣は中学3年の時に弟を殺されている。犯人が弟と同じ13歳ということで事故扱いされたようだ。つまり、彼の著作の多くは意趣返しなのではないだろうか? 精神障害者による犯行や少年犯罪を執拗(しつよう)に追い掛けているのは、そうでもしないと自我を保つことができないからではないのか?


 日垣隆が行っていることは暴力である。彼の著作には厖大なデータから取捨選択された情報が盛り込まれているが、彼が振るう暴力のための武器と化している。日垣は「自分が正しい」と思い込んでやまない。そしてその正義に溺れた時、日垣の暴力性はわかりやすい形となって、チンピラまがいの言葉を放つのだ。


 作家が、しがないオンライン古書店を雑誌で攻撃する。日垣は自分の力を理解した上でハンマーを振るっている。ここにおいて日垣の心理は、弟を殺害した犯人と同一化している。


 日垣隆が自分の暴力性を自覚し、そこから脱却できない限り、弟さんが浮かばれることはないだろう。