・戦いて勝つは易く、守りて勝つは難し
「孫呉の兵法」と呼ばれ、『孫氏』と並び称されているのが『呉子』である。書いたのは紀元前4世紀初頭に活躍したとされる呉起。見識というよりも智慧といった方が相応(ふさわ)しい。精緻な論理よりも確固たる概念に支えられている。
120ページ足らずの文庫本でありながら760円という値段はまだ我慢できる。だが、書き下し文が巻末にまとめて掲載してあるのは我慢ならない。こんな不親切があるだろうか。この手の漢文翻訳本というのは、短い書き下し文だから何とか読む努力をし、その時だけ薫り高い文語体にウットリと酔うことができるのだ。その意味で、こんなデタラメな構成はない。
『孫氏』と比較すると、『呉子』は実用に傾き過ぎているとされている。つまり、汎用性に欠けるというわけだ。文章も『孫氏』に軍配を上げる人が圧倒的に多い。でもね、訳文を読む限りではさほど劣った印象は見受けられなかった。どことなく、「ミリンダ王の問い」と同じ匂いすら漂っている。
「然(しか)れども戦いて勝つは易(やす)く、守りて勝つは難(かた)し。故に曰く、『天下戦国、五(いつ)たび勝つものは禍(わざわい)なり、四たび勝つものは弊(つい)え、三たび勝つものは覇(は)たり、二(ふた)たび勝つものは王たり、一たび勝つものは帝たり』と。
是を以て、数々(しばしば)勝ちて天下を得たるものは稀に、以て亡ぶるものは衆(おお)し」と。
「実際に、戦って勝つのはやさしいが、守って勝つのはむずかしい。そこで『天下の強国のうち、五度も勝ちつづけた国は、かえって禍(わざわ)いをまねき、四度勝利した国は疲弊し、三度勝った国は覇者となり、二度勝った国は王者、一度勝っただけでその勢威を保持し得た国は、天下の統一者となれる』といわれるのである。
むかしから、連戦連勝して天下を手にしたものは少なく、かえって滅んだ例が多いのもそのためである」
アメリカ大統領は『呉子』を読むべきだ。どんな勝負事でもそうだが、勝つと見えなくなるものが確かにある。だからこそ、「勝って兜の緒を締めよ」と戒めたのだろう。また、『孫氏』においては「戦争が長引いて国家に利益があった例(ためし)はない」と長期戦を避けるよう教えている。
戦争とは略奪行為である。ゆえに大義名分が必要となる。略奪や殺人を正当化できる“大義”がなければ、軍の士気を鼓舞することは不可能だ。大義こそは、戦闘行為の実存に関わる問題である。物語に正当性がなければ、人心が離れてゆく。
呉子の言葉は、戦争の本質を浮かび上がらせ、戦争による世界征服が無理であることまで示唆している。項羽は最後に敗れ、劉邦は最後に勝って天下統一を成し遂げた。。