古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

兵とは詭道なり/『新訂 孫子』金谷治訳注

 ・兵とは詭道なり
 ・吾れ此れを以て勝負を知る
 ・兵は拙速なるを聞くも、未だ功久なるを睹ざるなり

『中国古典名言事典』諸橋轍次
『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光


 この一言こそ、孫子孫子たる所以(ゆえん)である――

 兵とは詭道(きどう)なり。故に、能(のう)なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓(みだ)し、卑にしてこれを驕(おご)らせ、佚(いつ)にしてこれを労し、親(しん)にしてこれを離す。其の無備を攻め、其の不意に出(い)ず。此れ兵家の勢(せい)、先きには伝うべからざるなり。


【戦争とは詭道――正常なやり方に反したしわざ――である。それゆえ、強くとも敵には弱く見せかけ、勇敢でも敵にはおくびょうに見せかけ、近づいていても敵には遠く見せかけ、遠方にあっても敵には近く見せかけ、〔敵が〕利を求めているときはそれを誘い出し、〔敵が〕混乱しているときはそれを奪い取り、〔敵が〕充実しているときはそれに防備し、〔敵が〕強いときはそれを避け、〔敵が〕怒りたけっているときはそれをかき乱し、〔敵が〕謙虚なときはそれを驕りたかぶらせ、〔敵が〕安楽であるときはそれを疲労させ、〔敵が〕親しみあっているときはそれを分裂させる。〔こうして〕敵の無備を攻め、敵の不意をつくのである。これが軍学者のいう勢(せい)であって、〔敵情に応じての処置であるから〕出陣前にはあらかじめ伝えることのできないものである】


【『新訂 孫子金谷治〈かなや・おさむ〉訳注(岩波文庫、2000年)】


 戦争とは、殺し合いであり奪い合いである。トリッキーな手を駆使し、騙(だま)しに騙し合うのが戦争の本質と言ってよい。「詭道なり」と言い切るところに、孫子の冷徹と達観が窺える。


 孫武は2500年前の人。ブッダよりも少しばかり前の時代である。かのナポレオンも、宣教師に翻訳させた『孫子』を常に手放さなかったという。孫子の兵法は戦争哲学の趣がある。そして、今尚通用する将軍学でもある。