走る、歩く、駆ける

 一時期ランニングをしていた。四十を過ぎた肉体が、脂肪で澱(よど)みきっていたからだ。ドロドロになった血液が、精神までドロドロにしていた。私が住む一角の周囲はちょうど3km。走るには適当な距離なのだが、如何せん風景の変化に乏しかった。短気で厭(あ)きっぽい性分の私が長続きするはずもなかった。


 少し経ってからハイキングに転向した(笑)。ハイキングという言葉は年寄りの行楽的な要素が強くて嫌いな言葉だが、トレッキングと書くわけにもいかない。


 この辺りは高尾山から相模湖にかけてハイキングコースが入り乱れている。町田の大地沢(おおちざわ)までは小一時間ほどで行けるし、城山湖もさほど遠くはない。殿入中央公園までなら15分ほどしかかからない。直ぐ傍に流れている沢添いに獣道があり、そこを辿ってゆくと法政大学の裏手につながるハイキングコースに出る。


 山や林の中の小道を歩いて真っ先に感じるのは恐怖感だ。顔に蜘蛛の巣がかかってはギョッとなり、足元で小枝の折れる音にドキッとする。茂みなどの小さな暗闇の向こうから、視線を感じることもしばしばだ。しばらくして恐怖感が薄れてくると、微妙な風の動きや匂いを感じ取るようになる。恐怖感なくして動物は生き永らえることができない。


 一度落ちた体力は中々元に戻らない。歩ける範囲が限定されると歩く興味が急速に色褪せていった。その前に、家から高尾山まで歩いて登り、帰路で遭難しそうになったことも微妙に影響している(笑)。


 それから私は自転車を駆るようになった。いつの日かツール・ド・フランスに参加することを夢見ながら(笑)。自転車のスピードが招き寄せる風にこの上ない心地好さを感じた。


 先日、素晴らしいサイクリングコースを見つけた。ここを左に曲がった先にある小津町(おつまち)である。ここ住民の挨拶は「オッツ!」に違いないと勝手な詮索をしながら、私はペダルを踏んだ。ふと、左側に流れる川を見ると、川床が干上がっていた。自転車を降りて少し川を溯(さかのぼ)ってゆくと、小さな滝壷みたいな場所で、水が堰(せ)き止められていた。深い翠(みどり)色と青がせめぎ合っていた。水辺には、見たこともない色をしたアオハダトンボが翅(はね)を休めていた。大きな岩によじ登り、しばしの間、水の色に見入っていた。ふと下を見ると蛇と眼があった。30cmほどの幼い蛇だった。木の枝を使って蛇を水の中に落とすと、スルスル泳ぐではないか。私は、泳ぐ蛇を枝ですくって弄(もてあそ)んだ。


 再びサドルにまたがり、ここを上に進んだ。モリアオガエルの道という、ふざけた名前の道路だ。眼の前で何かが跳ねた。これが多分モリアオガエルなのだろう。大自然の中にたった一人でいると、蛙が跳ねただけでも命の危険を感じる。


 更に進んだところで私はドラマに巡り会う。何と、生カブトムシと遭遇したのだ。メスカブトは千葉で見たことがあったが、オスは初めて。私の故郷の北海道にはカブトムシがいない。デパートで売られているだけなのだ。


 しばらくして舗装道路が切れた先まで進み、そこから引き返すことにした。帰りは楽しい下り勾配だ。十分なスピードに乗り、カーブに差し掛かると、小刻みにブレーキを握る。アッと思った瞬間、倒れた自転車の上を身体が吹っ飛んで、私はアスファルトに叩きつけられた。道路に生えた苔(こけ)にハンドルが取られたのだ。右手と背中から血が流れていた。きっと蛇をいじめた罰が当たったのだろう。


 すごすごと引き返す途中で雲行きが怪しくなってきた。ちょうど川の水が干上がっている箇所にいた。「これは!」と思い私は自転車を降りた。雨によって、この川が海へとつながる瞬間を見たかった。鉄砲水が炸裂し、川床の石がゴロゴロと流される様を私は想像した。土砂降りとなった。川はゆっくりと10mほど先まで伸びた。ただそれだけだった。予想は裏切られたものの、私はその変化を堪能した。わずかに伸びた川の流れが、私の傷口から流れる血を思わせた。