古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

「晴れた日に」石垣りん

 車一台通れるほどの
 アパートの横の道を歩いて行くと
 向こうから走ってきた
 自転車の若い女性が
 すれ違いざまに「おはようございます」
 と声をかけてきた。
 私はあわてて
「おはようございます」と答えた。


 少しゆくと
 中年の婦人が歩いてくるので
 こんどはこちらからにっこり笑って
 お辞儀をしてみた。
 するとあちらからも
 少しけげんそうなお辞儀が返ってきた。


 大通りへ出ると
 並木がいっせいに帽子をとっていた。
 何に挨拶しているのだろう
 たぶん過ぎ去ってゆく季節に
 今年の秋に。


 そういえば私の髪も薄くなってきた
 向こうから何が近づいてくるのだろう。
 もしかするともうひとりの私だ
 すれ違う時が来たら
「さようなら」と言おう
 自転車に乗った若い女性のように
 明るく言おう。


【『石垣りん詩集』石垣りん(ハルキ文庫、1998年)】


石垣りん詩集 (ハルキ文庫)