相手の痛みを理解できない子供達/『心からのごめんなさいへ 一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦』品川裕香


 軽度発達障害の子が増えていると聞く。意思の疎通が難しいと、犯罪の要因ともなりかねない。こうした徴候の目立つ少年を、見事に教育している宇治少年院のルポ。我が子に対して「ちょっと変わっているな」と思ったことのある親御さんには是非読んで欲しい一冊だ。教育関係者は必読。

「自分が殴られているときは痛かったですよ。もちろん。殴られて血が出て、つらかった。でも自分が殴っている相手が痛いと思っているとは思わなかった。全く思わなかったですね。だって、殴っている自分は痛くないし、自分が痛くないんだから、相手がどう思おうが興味なんかなかったというか、宇治に来るまで、相手の気持ちなんて考えたことはありませんでした。だって、自分がいじめられていたとき、だれ一人自分の気持ちなんか考えてくれなかったし、自分が痛かったとき、だれも自分が痛いとは思わなかったからやったわけでしょう。なのにどうして、自分が相手に暴力振るうときは、相手が痛いかどうか考えるんですか?」
 そう一気に言って、タダシは、はあ、とため息をついた。
 私には言うべき言葉がなかった。思いつくのは陳腐な正論で、それもここでは無意味のように思えた。
 じゃあ、相手が痛いかどうかって関係ないんだ。そう言って、タダシを見た。タダシは笑った。
「前はね。相手の気持ちには興味なかったっすから。ここに……宇治に来るまで自分の考えは正しいとずっと思っていました。でも、ここに来てそれが間違いだったと思うようになったんです」


【『心からのごめんなさいへ 一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦』品川裕香中央法規出版)】


 親の愛情が足りないと、脳の発達が阻害される。赤ん坊はその全てを受け入れてもらわねば、安心して人生を歩むことができない。愛情といっても特別なことではない。ハイハイが出来たり、立つことが出来れば、褒めちぎる。いないいないばあなど、赤ちゃんの興味を引くことをする。何にも増して肌を触れ合うことが大切だ。


 人間扱いされてこなかった赤ん坊は人間になれない。彼等は「人間として愛されること」をひたすら待っているのだ。もちろん、どうしようもない親が存在する以上、誰かが愛情を注ぐしかない。宇治少年院と出会った少年達は幸せな部類に入るだろう。


【※当初、「人間扱いされてこなかった赤ん坊は人間になれない。人の形をした未人間の状態こそ、軽度発達障害ではないだろうか」と書いたが、差別的な表現となっていたため削除した】


心からのごめんなさいへ―人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦