脳に関する興味は尽きない。たかだか1kg程度の物体が「私」を構成しているのだ。これに優る不思議はない。美しいイラストに目を奪われながら、脳の仕組みや機能が概観できる。入門書としてうってつけの一冊。
では、脳という宇宙の中がどのような状況になっているのだろう――
銀河系には、1000億以上の星が輝いている。それらの星どうしが、たがいに通信回線でつながっているようすを想像してみてほしい。しかもその接続状況は、分きざみで目まぐるしく切りかわっていく。そうした通信回線がつくるネットワークが、はげしい情報のやりとりをくりかえしながら、銀河系にある1000億以上の星を一つにつないでいる。
気の遠くなるような、とても私たちのイメージの中におさまることのない壮大な世界だ。このような世界こそが、私たち一人一人がもっている脳の姿である。
絶妙な例えだ。星々が瞬間的に相互作用を繰り返し、変化し続ける。脳は“躍動する宇宙”であった。
また、こんな例えも示されている――
1000億あるというヒトの脳のニューロン(神経細胞)。そのそれぞれが数千から数万のシナプス(ニューロンどうしのつなぎ目)をもち、複雑な回路をつくっている。
想像してもらいたい。ニューロン一つ一つを1人の人間だとして、脳の中でおきていることを考えてみよう。世界の人口は約65億人とされている。脳の中では、世界人口の10倍以上の人間が、それぞれ数千人以上の相手と会話をしているようなものなのだ。
つまり、だ。世界中の人々が同時にチャットを行ったとしても、脳の働きには遠く及ばないってことだ。ムム、凄い。
そんな素晴らしい機能があるにもかかわらず、どうして我々は欲望にまみれた生き方しかできないのであろうか? あたかも、スーパーコンピュータで掛け算の九九を計算するような真似をするのはなぜか? つくづく不思議な話である。
文化や文明というのは、世代間・地域間を越えたシナプスの結合といえるだろう。脳内の情報量は格段に増加の一途を辿っているはずだ。しかし、知識の増加に伴って人類の幸福度が増したようには見えない。果たしてソクラテスの時代と現代社会の人間と、どれほど生き方が変わったことだろう。変わってないね。多分。変わったとすれば、現代の方がより低劣になっていることだろう。なぜなら、入力される情報量が多すぎるため、自分の頭でものを考えなくなってしまったからだ。
そう考えると、人間は“脳の使い方”を誤っているに違いない。だからこそ、哲学や宗教といった“取り扱い説明書”が必要となるのだろう。
恥ずかしながら本書で初めて知ったのだが、ニューロンとニューロンの間(シナプス)って、くっ付いてなかったんだね。いやはや驚いた。
実は、ニューロンの電気信号がシナプスで化学信号(グルタミン酸など)に変換して、それを受け取ったニューロンがまたぞろ電気信号に戻すらしい。この作業が、最大で秒速100メートル(=時速360km)で行われているというのだ。こりゃ、新幹線より速いよ(笑)。まるで、インターネット上で繰り広げられる情報交換を、100倍のコマ送りにしているような世界だ。
きっと、脳内でも熾烈な権力闘争が行われているのだろう。理性が勝つか感情が勝つかって感じなんでしょうな。新皮質と古い皮質とが火花を散らしてせめぎ合っているに違いない。脳を支配しているのが「自分」だと思ったら大間違いだ。しかも本書によれば、ニューロンの間では「電気信号の多数決」が行われているのだ。
・論理ではなく無意識が行動を支えている/『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
・人間が認識しているのは0.5秒前の世界/『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二
個々のニューロンに名前はない。とすれば、だ。脳味噌は匿名の細胞達(その数1000億!)が支配する「2ちゃんねる」みたいなものということになる(笑)。