独裁とは一人でも闘う/『この大地に命与えられし者たちへ』写真・文 桃井和馬


 1940年6月、ドイツ軍がパリを占領した。凱旋門にはハーケンクロイツ(鍵十字)の旗が翻(ひるがえ)り、フランスの栄光はナチスの軍靴に踏みにじられた。時の首相・ペタン将軍はドイツ軍の前にひざまずいた。


 この時立ち上がったのがドゴールだった。無名の将軍は、ロンドンのBBC放送からラジオを通じてフランス人民に徹底抗戦を呼びかけた。この時、戦っていたのはドゴールだけではなかった――

 フランス人っていうのは、おかしいと思ったら一人でも闘う。
 それがフランス革命を起こしたこの国の伝統で、
 フランス人が一番大切にする気質です。
 1940年、わたしがドイツ軍に捕まった時、それはちょうど結婚した
 ばかりの時期でしたから、指に新しい結婚指輪をつけていたんです。
 で、それを見つけたドイツ兵は、無理矢理、指輪を指から盗ろうとした。


 もう頭にきてねぇ。一人でも闘おうと決心しました。


 捕虜になると、最初に顔写真を撮られます。
 ナチスの連中はたかだか証明写真だっていうのに、
 わたしの身体をカメラの前に置き、ものすごい力で両脇から押さえつけてきた。
 フランス人なら絶対こんな時、闘わなくちゃいけない。
 だから、わたしはシャッターが押される瞬間、カメラの前で目一杯
 舌を出してやったんですよ。……こんな風にね。
 もちろん殴られて、再度写真を撮られることになった。
 でもわたしは抵抗をやめませんでしたよ。
 何度も何度も、彼らが諦(あきら)めるまで私は舌を出し続けた。


 独裁とは一人でも闘う。


 小さなことかもしれませんが、
 それがフランス人の矜持(きょうじ)なんです。


【『この大地に命与えられし者たちへ』写真・文 桃井和馬(清流出版、2007年)】


 年老いたオジサンが舌を出した写真が掲載されている。少しブレているのは、オジサンの迫力に桃井和馬が気圧(けお)されたのであろうか。


 フランス人の矜持――私は羨望の思いを抑えることができなかった。絶体絶命の危地に立たされた時、個人としての誇りは吹き飛ばされてしまう。そこで問われているのは、「自分は何者なのか」というアイデンティティに他ならない。程度の低い帰属意識とは異なる。自分よりも大きい何かと、自己という存在を一体化させた時に、偉大な自覚が生まれるのだろう。


「フランス人っていうのは、おかしいと思ったら一人でも闘う」――このような“大きな物語”が紡ぎ出される背景に、私の興味は掻き立てられる。この際、フランス人の身勝手ぶりは無視して構わない。


 この写真集は世界と歴史を、個々の人間と特定の場所から捉え直す不思議な力に満ちている。「見る」という行為の衝撃が、確かにある。


この大地に命与えられし者たちへ