サラエボ紛争の本は数冊持っている。だが、一冊も読んでいない。その事実から言えば、私はサラエボ紛争には関心はあるものの、まだ関わろうとはしていない。
二人の青年が笑顔で写真に収まっている。邪気のない顔つきだ。ローソクのような柔らかい光に包まれている。そして、桃井和馬の文章を読んだ――
サラエボが激しい戦火に包まれたのは1992年から95年だった。
街は血飛沫(ちしぶき)に染まり、死臭が満ち、絶叫と嗚咽(おえつ)、そして恐怖に支配された。
推定死者数はおよそ20万人。原因は「民族問題」と称されている。
イスラム兵士として戦った兄弟にサラエボの町で会った。
無精(ぶしょう)ひげを蓄えた兄は、紛争時、極度の食糧不足の中で、革靴や皮のベルトを煮て食べたという。
【『この大地に命与えられし者たちへ』写真・文 桃井和馬(清流出版、2007年)】
私の穏やかな沈黙が凍りついた。この世界には、ベルトや革靴を煮て食べなければ生きてゆけない現実が存在するのだ。そこまで人間を追い詰める世界にいながら、どうして私は平然としていられるのか?
写真に写っている兄にとっては、既に過去の体験だろう。だが私にとっては、今現在知った事実なのだ。なぜ、私の頭は狂わないのだろう?
激情と思惟が交錯し、ただただ胸が疼いている。一体全体、この私に何ができるのか?
・ソ連によるアフガニスタン侵攻の現実/『国家の崩壊』佐藤優、宮崎学