古本屋の覚え書き

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生傷から病巣を覗いてみせる渾身のルポ/『紙の中の黙示録 三行広告は語る』佐野眞一

 副題は「三行広告は語る……」。普段は目にも止めない三行広告であるが佐野の手腕にかかると恐るべき社会の現実が立ち現れてくる。ご存じのように、この手の広告はデザイナーやコピーライターを必要とすることもなく、略字などが多く使われていて、それだけに「広告主側のむき出しの意志があらわれる結果となっている」。


 冒頭の一章で著者は三行広告が「もう一つの社会面」であることを説く。戦後の社会面を賑わせた事件の多くが、予兆のように三行広告出している(光クラブなど)。また、グリコ・森永事件においては、犯人が取り引きに応じる合図としても利用されたとのこと。こんな内容から始まっては一気に引き込まれるのも当然である。いかがわしい商売の求人広告や、死亡通知の黒枠広告、また、電柱広告、尋ね人などをも取り上げ、業界を支える人々のスケッチで締め括られている。


 社会の欲望が噴き出した感のある三行広告。それはどこか、出来たばかりの切り傷のような悲哀を伴っている。佐野はそこから血管に溜まったコレステロールを見せ、悪性の腫瘍や、肥大した臓器までさらけ出してみせる。少々堅い文章ではあるが、角度のついた切り口から展開される内容は決して飽きることがない。これが高校の教科書に採用されていれば、私ももっと真面目に勉強したことであろう。


 佐野は大地に耳を当てて、社会の基底部に響いている現実の音に耳を凝らす。金、欲望、裏切り、そして転落。たった三行のメッセージを送る人間がいて、それを受け取る人間がいる。尋ね人の広告などは1億人の中の、たった1人に宛てられたメッセージである。そこには、人それぞれの来し方があり、言うに言えない事情もあろう。広告に応じる者もいれば、黙したまま心を揺らしている者も、またいるであろう。わずか三行を挟んで人間と人間とが向かい合っているのだ。


 大事件やイチローの記事なんぞに目を奪われがちだが、たまには三行広告に目を凝らして、想像力を膨らませてみてはいかがだろう。


佐野眞一