『親なるもの 断崖』曽根富美子

 日本漫画家協会賞の優秀賞に輝き、曽根富美子の名を不動にした名作を読んだ。長らく絶版になっていたが、やっと復刊された。昭和初期の遊郭が史実に基づいて描かれている。


 一度目で挫けた。意を決して再読したが、私の精神力が耐え切れず、飛ばし読みをするのがやっとだった。“地獄”という名の現実が、そこにあった。


 貧困が罪であることを思い知らされた。16歳で幕西(まくにし)遊郭に売られた松恵は、着いたその日に客を取らされ、首を吊った。


 青森から室蘭へ4人の少女を引き連れた男は言った――

 地球岬(ポロ・チケウ)――


“親である(ポロ)断崖(チケウ)”
 という意味だ

 少しはなれたところに
 そら あそこが
 ポン・チケウ
“子供である・断崖”だ


 死にたくなったら
 断崖(ここ)に来い

 どの土地にも
 その土に
 血をにじませながら
 生きた者がいる

 よく
 見ておけ
 これから
 おまえたちが
 創って
 いくであろう
 この土地を!

 決して
 見失うな
 自分の存在を

 そして
 犬死はするな!


銀と金』(福本伸行)は想像力から生まれた作品だ。しかし、この物語は現実なのだ。


「性の奴隷」と言うことは簡単だ。だが、彼女達が実際に感じた痛み、振るわれた暴力、酒臭い臭い、投げつけられた言葉、不安、迷い、絶望を想像することは不可能だ。


 松恵は生きることを拒否した。他の娘は、それでも生きる道を選んだ。もはや、善悪の領域を超えている。


 もし私だったら――当然のように暴力に訴えたことだろう。何のためらいもなく女将(おかみ)を殺し、遊郭に火を放つ。そして、命ある限りテロ行為を繰り返す。生きるためなら、どんな犯罪にでも手を染める。絶対に大人しくしているつもりはない。


 わずか80年前の現実である。発展途上国では今でも同じ目に遭っている女性が数多くいることだろう。「援助交際には、まだ救いがある」と思わざるを得なかった。現代の少女達には、まだ金品という目的があって、自発的に行なっているのだから。貧困を理由に人身売買された少女達とは、明らかな相違がある。


 経済を支えているのは欲望だ。社会に貧困があると、下劣な欲望に応じる商売が出回る。需要と供給をとりなすものは金だ。貨幣というのは、そもそも交換手段に過ぎなかったはずだ。それがいつしか目的と化して、持てる者は何でも手に入り、持たざる者は人生までを売らざるを得なくなった。


 聡一がお梅に言う――

 無学なのを
 当たり前だと
 思うな!


 女性とは
 すばらしいものだ
 男にはとうてい
 かなわない強さが
 ある


 今のおれには
 おまえに何にも
 してやれない
 だけどきっと
 おまえをここから
 出してやる!


 忘れるな!
 新しい時代を
 生み出すのは
 女性であることを!


 本流は
 女性だ!!


 本流は
 女性だ!!


 この言葉に救いがあったのかどうか――私は答えを見出せないでいる。


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