古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

性の情報化

 ヒトは前戯という性行動をする点で、事実上唯一の種である。
 人間にあって、性行為は自然に発生するのではなく、文化的に伝播されるものである。文化的に受容された人間の性の思想・神話・思考のすべてが集積されて性衝動(セクシャリティ)と呼ばれるものになる。そして、性という肉体的現実が、人間の性衝動と無縁に存在しているためしはない。人間の文化には、性的広告、叙情的な歌、小説、映画、果てもなく勢揃いした性の手引書が一杯つまってはいるが、性そのものはどこまでもとらえどころのないものであるかに見える。人が性衝動を生み出せば生み出すほど、つまり性について語り、書き、読み、考えることを重ねれば重ねるほど、かえって性はいまだあばかれていない秘密の部分をひそめている具合なのである。その秘密の最新の解明がどこかの研究所でなされ、性の手引書として刊行され、マスコミのワイドショウで紹介され、共通理解として認知されたときのみ、つまりその秘密が性衝動になるときのみ、その秘密は、人が寝室で行う性というものに翻案されることになる。


【『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル/浅野敏夫訳(法政大学出版局、1994年)】