古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

片目の中の闇


 特異な描写によって、仏像が半眼である意味を理解できる。光と闇(生と死、此岸と彼岸)とを同時に見つめるには、やはり半眼でなくてはならない。

 彼は長い間ある訓練を続けている。彼以外の誰も知ることのない孤独な訓練だ。彼が編み出し、彼だけが行い、彼の死とともに失われる、そんな訓練だ。
 それはまず固く眼をつぶるところから始まる。眼をつぶると、当然暗闇に包まれる。右でも左でもかまわないが、とにかくそこから片目だけを開ける。すると、片眼を開けただけなのになぜか完全に暗闇は消え去ってしまう。部屋にいれば部屋が見え、公園にいれば公園が見え、海にいれば海が見え、それがすべてだと思う。だが、それは眼くらましに過ぎない。閉じられた片眼はなおも暗闇を見つめている。開かれた片眼だけが見ている現実の世界が意識を覆(おお)い尽くしてしまうから、暗闇が消えたと錯覚してしまうのだ。その証拠に、閉じた眼に辛抱強く意識を集中させていけば、じわじわと暗闇が甦ってくる。現実を映すセルロイドのフィルムが焼け爛(ただ)れていくように暗闇がざわざわと明るい世界の上に滲(にじ)んでくるのだ。


【『増大派に告ぐ』小田雅久仁〈おだ・まさくに〉(2009年)】


増大派に告ぐ