古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

イエロージャーナリズム

 ・男は再び走り出した
 ・飯島和一作品の外情報
 ・イエロージャーナリズム

『雷電本紀』飯嶋和一
『神無き月十番目の夜』飯嶋和一
『始祖鳥記』飯嶋和一
『出星前夜』飯嶋和一
『狗賓童子(ぐひんどうじ)の島』飯嶋和一

 確かに例の記事は、他人が読めば彼の人生をたたえこそすれ、侮辱してなどいないように見えるかもしれない。が、彼の息子の一人であるおれには、その裏に、あの手の連中特有の、神にでもなったかのような傲慢さと臭気を感じた。連中が、新聞社や雑誌社やテレビ局のネームが入った名刺や、腕章や、そんなものをチラつかせながら、他人にどんなことをするのかをおれはよく知っていた。彼らの手のつけようもない無神経さをその記事の裏に感じた。会長の人生は閉じられたのだ。そっとしておけばよいのだ。ひとりの人間の死さえも、彼らはテレビカメラで写してやることで初めて死として認められるかのような錯覚をもっている。明るすぎる照明ライトを死の床にまで持ち込み、横たわった人間の死に顔を照らすことさえ、名誉なこととして受け入れろとでも言うのだろうか。会長の人生に本当に打たれたのなら、あるのはただ重い沈黙だけのはずだった。ただ黙っていればいいのだ。死さえも自分が与えてやったような高慢さが許せなかった。あの記事を読んだやつらも、トイレの便器に腰掛けたり、喫茶店や居間のソファに足を組んだり、食後のゲップなどをしながら、芸能人が子を産んだとかいう馬鹿げた記事のついでに読んだに違いなかった。誰もかれも許せなかった。


【『汝ふたたび故郷へ帰れず』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(河出書房新社、1989年/リバイバル版 小学館、2000年/小学館文庫、2003年)】



汝ふたたび故郷へ帰れず リバイバル版 汝ふたたび故郷へ帰れず (小学館文庫)
(※左が単行本、右が文庫本)