破滅的な人生を歩んだ将棋の天才/『真剣師 小池重明 “新宿の殺し屋"と呼ばれた将棋ギャンブラーの生涯』団鬼六

・『聖の青春大崎善生
『将棋の子』大崎善生
『泣き虫しょったんの奇跡 サラリーマンから将棋のプロへ』瀬川晶司
・『棋士という人生 傑作将棋アンソロジー大崎善生
『決断力』羽生善治

 ・破滅的な人生を歩んだ将棋の天才

・『赦す人大崎善生

 賭け将棋を「真剣」といい、これで飯を食う人物を「真剣師」と呼ぶそうだ。小池重明〈こいけ・じゅうめい〉は最後の真剣師だった。

 本格的に将棋を学び始めたのが高校生の頃で、熱中するあまり「学校の勉強をしない」と決意するほどだった。インチキ傷痍軍人の父と、娼婦の母に育てられた小池は幼いうちから賭博に慣れ親しんで育った。

 賞金が出ないという理由でタイトルとは無縁であったが、周囲の声に押されて参戦。常に前日の夜から朝方まで飲み明かし、対局中であるにもかかわらず横になって眠ることがしばしばあった。それでも優勝を収め、2連覇も成し遂げている。

 また、角落ちながらも、大山永世名人・中原名人をも打ち負かす天才だった。

 一方、破滅的な性格の持ち主で、恩人の金に手をつけ、女との逃避行を繰り返した。そして、アルコールが小池の身体を蝕み続けた。肝不全で入院し、自らチューブを引き抜いて死亡。余命いくばくもない中での自殺であった。

 小池は終生、放浪癖の抜けなかった天衣無縫の人間だった。女に狂い、酒に溺れた荒唐無稽な人生を送った人間だった。
 人に嫌われ、人に好かれた人間だった。これほど、主題があって曲がり角だらけの人生を送った人間は珍しい。
 小池の晩年は不遇であった。しかし、それは小池を愛惜する言葉にはならない。真剣師が不遇な生涯を送るのは当然で、それは本人も意識していたことだろう。
 あれだけの将棋の天才でありながら、たった一つしかない人生にそれを生かしきることができず、44年の短い生涯を酒と女に溺れて使いきってしまった男である。
 天才とは醜聞を起こし得る一面をもつ、という芥川龍之介の言葉があるが、小池はそういう意味の天才であったのではないかと思う。とにかく、面白い奴だった。そして、凄い奴だった。


【『真剣師 小池重明 “新宿の殺し屋"と呼ばれた将棋ギャンブラーの生涯』団鬼六イースト・プレス、1995年)】

 団鬼六も迷惑を被った口だった。それでもこんな文章で締め括るところが粋である。小池重明という男は、人間の善悪をさらけ出しながら、将棋盤の上を駆け巡った流星だった。


真剣師小池重明 (幻冬舎アウトロー文庫)