古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

神は細部に宿り、宇宙はミクロに存在する/『「量子論」を楽しむ本 ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる!』佐藤勝彦監修

 ・神は細部に宿り、宇宙はミクロに存在する

『黒体と量子猫』ジェニファー・ウーレット
『量子革命 アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』マンジット・クマール
『宇宙は「もつれ」でできている 「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか』ルイーザ・ギルダー

『すごい物理学講義』カルロ・ロヴェッリ


 ここ数年、科学本が賑やかだ。福岡伸一著『もう牛を食べても安心か』や池谷裕二著『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』などがバカスカ売れたことは記憶に新しい。“未知なる世界への憧れ”や“正確な知識の渇望”といった人々の要求があるのかも知れぬ。


 量子とは女性の名前ではない。以前からお慕いしておりました。かつては物質の最小単位は原子であると考えられてきた。だが、原子は原子核と電子から成り、原子核は陽子と中性子で構成されている。この電子が量子の代表選手だ。


 電子を見ると実際には“粒”として存在しているが、「見てない時は“波”ってことにしておこうぜ」という暗黙の了解が成立しているそうだ。“波”であると考えれば、色々と説明がつくとのこと。

 私たちが物体を観察するとき、そのもっとも一般的な手段は「目で見る」というものです。「見る」という行為は、物体に当たって反射した光が目の網膜(もうまく)の中にある視細胞(しさいぼう)を刺激して、その結果生じる電気信号が脳に伝わって意識に上ることで成立します。つまり見るためには(自ら光を放つ物体を除いて)必ず光を対象物に当てなければなりません。
 私たちがふだん目にするマクロの世界の物質に光を当てても、物質の質量が十分に大きいので、その位置が変わってしまうようなことはありません。しかしミクロの世界の小さな物質の場合には、たとえばその物質が「どこにいるのか」を観測しようとして光を当てると、当てた光のエネルギーによってミクロの物質が動いてしまうために、もともといた位置がわからなくなったり、物質の運動方向が変わってしまうといったことが起こります。つまりミクロの世界を「見る」場合には、その対象物を「見る前の状態のまま」で見ることはできないのです。


【『「量子論」を楽しむ本 ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる!』佐藤勝彦監修(PHP文庫、2000年)】


 ミクロったってね、『ミクロの決死圏』なんか目じゃないよ。中性子のレベルからすると、人間の身体なんてスカスカの網の目状態なんだから。ミクロのレベルでは、我々が目にするモノは宇宙に等しい大きさだ。神は細部に宿る。極小の深遠といってよい。