古本屋の覚え書き

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宇宙定数はアインシュタインの生涯最大の過ち/『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する』ブライアン・グリーン

 猿も木から落ちるという話。アインシュタインは26歳の時に特殊相対性理論を発表した。次いで10年後には一般相対性理論に辿り着いた。


 そして、アインシュタインは「宇宙定数」を導入して一般相対性理論を修正した。これが後にアインシュタインをして「生涯最大の過ち」と言わしめることになる――

 一般相対性理論の方程式は、19世紀の大数学者、ゲオルク・ベルンハルト・リーマンが真っ先に示した、湾曲した空間についての幾何学的洞察にもとづくものだが、アインシュタインはこれらの方程式によって、空間、時間、物質を定量的に記述することができた。たいへん驚いたことに、この方程式を、一個の惑星とか恒星のまわりで軌道を描く彗星といった宇宙のなかの孤立した状況を超えて、宇宙全体にあてはめると、注目すべき結論が導き出される。宇宙空間全体の大きさは時間とともに変わるはずだ、ということになる。つまり、宇宙の織物は拡がっているか、縮んでいるかのいずれかであって、変わらずにいるわけではない。一般相対性理論の方程式はこのことをはっきりと示している。
 この結論は、アインシュタインにとっては到底受け入れがたいものだった。アインシュタインは、何千年にもわたって日々の経験から形づくられてきた空間と時間に関する集合的直観をくつがえしたのだったが、この急進的な考えの持ち主にとっても、つねに存在し、けっして変わらない宇宙という観念はあまりにも深く染みついていて、放棄できなかったのだ。このためにアインシュタイン一般相対性理論の方程式に立ち戻り、宇宙定数と呼ばれる量を導入して、方程式を修正した。この宇宙定数を含む項のおかげで、先の予測を避け、再び、居心地のよい静的宇宙の観念に安住することができた。ところが、その12年後に米国の天文学者エドウィン・ハッブルが遠くの銀河を詳しく観測して、宇宙が膨張していることを実証した。そこで、これは科学年代記に載っていて今ではよく知られている話だが、アインシュタインは、方程式を一時的に修正したのは生涯最大のへまだったと告白して方程式をもとの形に戻した。アインシュタイン自身が当初、この結論を受け入れるのを渋ったにもかかわらず、アインシュタインの理論は宇宙の膨張を予言していた。


【『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する』ブライアン・グリーン/林一、林大訳(草思社、2001年)】


 アインシュタイン無神論であったと伝えられているが、キリスト教の影響を完全に払拭してはいなかったと見える。全知全能の神が創造した世界は完成されたものであるはずだった。すると、宇宙が膨張したり収縮したりすることは認め難い。

 エドウィン・ハッブルは、銀河という銀河が地球から遠ざかっていることを発見した。そして更に、地球から遠い銀河ほど猛スピードで遠ざかっていることも発見したのだ。つまり、宇宙は膨張していた。後にこの発見がビッグバン理論につながる。


 アインシュタインってさ、「実験をしない科学者」だったんだよね(ニコラス・ハンフリー著『内なる目 意識の進化論紀伊國屋書店、1993年)。


 それにしても面白いエピソードだ。理論を構築した本人よりも、理論が示す結果の方が正しかったとは。本物の理論は、未知なる世界をも類推することができるという証拠だ。


 アインシュタインにすら思い込みがあった。それも最も基本的な前提においてである。我々の思い込みの量はどの程度になるだろうか? 考えるだけでもぞっとさせられる。


 人の心は信じることで豊かになり、人の頭脳は疑うことで確かな知識を得る。ここを踏み誤るところに猜疑心と誤謬(ごびゅう)が生まれる。