古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

真偽に迫るひたむきな眼差し/『新版 写真のワナ』新藤健一

 スリリングな本だ。写真の読み方を解いた内容なのだが、声高に糾弾したり、専門家ヅラして能書きを垂れるような態度はこれっぽっちもない。読み易い言葉は、思索と熟考の果てから生まれたものだろう。何にも増して写真に対する真摯な情熱が行間からにじみ出ている。


 著者は様々な写真を取り上げ「ワナにはまるな」と訴える。たとえ、写っているものが事実であったとしても「見る人々の価値判断に負うところが大き」いと教え、「“真を写す”という『映像信仰』」に陥るなと注意を与え、現代にあっては「『写していないものまで映し出すことが可能な時代』」(276p)であると警鐘を鳴らす。そして一つの結論として「『撮影者が責任を持ち、撮影者が証言しない写真は、証拠能力をもたない』」と断ずる。


 テンポの速い構成によって読者は知らず知らずの内に「写真が仕掛けるワナ」を見破る力が蓄えられてくる。


 一読して痛感するのは、巷間に流布している写真週刊誌が垂れ流す害毒の酷さだ。センセーショナリズムから発せられるスキャンダラスな写真の数々は、ダイオキシンのように微量の猛毒となって、それらを見る人々の精神の病根となるに違いない。


 以前、ある詩人が撮影したという写真展に行ったことがある。その時は何も考えないで「ヘエーッ」と眺めていたが、今にして思い出されるのは、一枚一枚の写真に浮かぶ美しい光景だ。大自然がおりなす調和の数々・天空に描かれた光と陰・色彩豊かな花と建造物……。詩人自らがつけたキャプションが一枚一枚を更に引き立てていた。あの写真は、平和への熱意から生まれた美の数々だ。詩人の心に映ずる光景の何と美しいことか。


 写真が写し出しているのは、撮影する人の人生観そのものなのかも知れない。