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誤報:朝日新聞阪神支局襲撃の手記掲載 週刊新潮の対応に疑問の声

識者ら「第三者委が必要」


 虚偽の証言に基づく誤報が今年、相次いでいる。日本テレビの「真相報道バンキシャ!」が岐阜県庁の裏金問題に絡み、関係者のうそ証言を放送したのに続き、朝日新聞襲撃事件を巡って「実行犯」の手記を掲載した週刊新潮が、誤報だったことを認め謝罪した。新潮社は、事態をどう教訓とするのか。ジャーナリズムの姿勢が問われている。

「説明責任果たした」


 先月、東京都内で開かれた「月刊現代」の休刊を考えるシンポジウム。ノンフィクション作家の佐野眞一さんは週刊新潮誤報問題を取り上げ「異論を承知で言えば、雑誌を殺したのは編集者だ。偽物か本物か人間を見る目が曇ってしまった。劣化の極みが週刊新潮の大虚報だ」と会場にいる新潮社関係者を前に厳しく非難した。
 その一方で「週刊新潮は『こうしてだまされた』という記事を書くべきだ。同誌の芸風で、雑誌再生につながるかもしれない」と提案した。今月16日発売の同誌(4月23日号)が、誤報の経緯を検証し、謝罪した記事のタイトルは、「『週刊新潮』はこうして『ニセ実行犯』に騙(だま)された」。この記事を巡っては識者らから「不十分な検証内容だ」との批判が相次ぐ。しかし、新潮社の伊藤幸人・広報宣伝部長は毎日新聞の取材に対して「16日発売号の記事をもって会社としても社会に対する説明責任を果たしたと考えている」との姿勢だ。
バンキシャ!」による裏金報道では、日本テレビは社内調査の結果を会見して公表。放送界の第三者機関「放送倫理・番組向上機構BPO)」の放送倫理検証委員会が特別調査チームを設けて検証作業中だ。
 メディア界では、報道倫理上の問題が発生した時に救済を図るため、放送界は業界横断的な組織のBPO、新聞界は各社ごとに外部の第三者が関与する機関を設けているが、出版界にはない。
 奈良県田原本町で06年に起きた母子3人放火殺人事件を取り上げた草薙厚子さんの単行本「僕はパパを殺すことに決めた」を出版した問題で、放火した長男らの供述調書が大量に引用された経緯を検証するため、講談社が奥平康弘・東大名誉教授を委員長にした社外の識者による委員会を設置して、検証したケースがあるだけだ。
 04年に田中真紀子・元外相の長女の私生活を取り上げた週刊文春の報道を巡り、長女側が申請した出版禁止の仮処分で東京地裁が妥当とする決定を出した。この問題をきっかけに文芸春秋社は、第三者機関の設置を検討したが、最終的に見送っている。
 朝日新聞が05年に従軍慰安婦問題を取り上げたNHK特集番組が政治家の圧力で改変されたと報道した問題で、同紙も社外の学識者らで構成する「NHK報道」委員会(丹羽宇一郎伊藤忠商事会長ら4委員)を設置した。メディア界では、読者や視聴者に報道を巡って不信を招いたケースでは第三者委員会による検証を行う流れができつつある、と言える。
 これに対して、新潮社は「外部の識者を入れた第三者委員会の設置は考えていない」(伊藤部長)として、週刊新潮による内部調査で十分だとの立場だ。
 大西五郎・元愛知大教授(ジャーナリズム論)は「週刊新潮の早川清編集長は、だまされたという言い方をしているが、それ自体が週刊新潮には自浄作用がないことを示している。雑誌ジャーナリズムの信頼回復のためにも外部の厳しい目によるチェックが必要だ」と指摘する。

「真実と信じた」


「『自分は実行犯だ』と名乗りを上げた人物がいて、その証言について取材し、『真実相当性がある』と判断し、手記を掲載した」。早川編集長と取材班の連名による検証記事はそう主張した。記事は、その根拠について「事件についての証言が詳細でリアリティーがあったため真実であると思い込んでしまった」とも記している。
 この弁明は、岐阜県庁の裏金虚偽報道問題で、「バンキシャ!」の番組関係者が、日本テレビの内部調査に対して明らかにした内容とよく似ている。「バンキシャ!」に明かした元建設会社役員の男性の証言について、証言や資料に関する角度を変えた質問に対する回答が一貫し、不利益を承知で告発しているとして「信ずるに足る」と判断したという。
 さらに、真実だと信じた根拠の一つに金銭的な要求がなかったことを挙げていることでも共通している。しかし、証言を支える根拠は、同じ人物による物証だったわけだ。
 検証記事は「週刊誌の使命は、真偽がはっきりしない段階にある『事象』や『疑惑』にまで踏み込んで報道することにある」と強調する。だが、その姿勢は、訴訟リスクを抱えることにもつながる。
 田北康成・立教大講師は「名誉棄損裁判で被告となった報道側が勝訴するためには真実相当性を立証する必要がある。裁判所は、報道機関に対して真実と誤認するほどの裏付け取材の証明を求めている。朝日新聞襲撃事件をめぐる手記について、週刊新潮は、掲載時に相当性があったと言っている。だが、検証記事を読む限り、仮に裁判になった場合、裁判所が認めるほどの相当性があったのかは疑問だ」と話す。

「処分はなし」


「当面、この問題での処分は考えていない。処分についての話は社内では一切、出ていない」。伊藤部長は、毎日新聞の取材に対し、こう言い切った。
 早川編集長は「人事処分は会社や役員会が考えること」と取材に答えていたが、会社としても責任は問わず、早川編集長を今月20日付で予定通り、同誌担当役員に就任させる考えだ。休刊や廃刊はない。
 岐阜県庁の裏金虚偽報道問題では、日本テレビの久保伸太郎社長が社長を引責辞任。報道局長が更迭されるなど5人が処分された。また、「僕パパ」の出版問題では、講談社は担当編集者への処分は「現場の萎縮(いしゅく)効果に配慮した」として見送ったが、担当常務ら4人を減給処分にした。
 検証記事には、具体的な再発防止策は示されていない。東京地裁は今年2月に同誌を巡る名誉棄損訴訟で「名誉棄損を防ぐ社内体制が整備されていない」として、佐藤隆信社長個人の賠償責任も認める異例の判断を示した。
 服部孝章・立教大教授(メディア法)は「新潮社は社会が納得できるような再発を防止するためのチェック体制を示し、誤報した責任の所在を明確にすべきだ」と述べる。

ことば

週刊新潮の手記掲載問題


 朝日新聞阪神支局襲撃事件(87年)など一連の警察庁指定116号事件の実行犯を名乗る島村征憲氏(65)の手記を2月5日号から4回掲載。朝日が手記を「虚報」だとする検証記事を掲載するなど信ぴょう性に疑問符が付いた。新潮社は3月19日、手記で指示役とされた元在日米国大使館職員の男性から訂正・謝罪を求められて和解。今月、島村氏は毎日新聞などの取材に「実行犯ではない」と手記内容を否定。4月23日号の検証記事によると、新潮社は手記の原稿料として計90万円を支払ったほか、ホテルの宿泊費などを負担。「自立支援のため」として、島村氏の生活保護申請や健康保険証の入手を手伝ったという。


毎日新聞 2009-04-20