古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

東京電力の暗部/『東京電力 暗黒の帝国』恩田勝亘

 ・東京電力の暗部
 ・東京電力の子会社
 ・東京電力の隠蔽体質

『原子力ムラの陰謀 機密ファイルが暴く闇』今西憲之+週刊朝日取材班
『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』安冨歩


 本日より、カテゴリーを変更することにした。理由は、記事が多過ぎて自分でもワケがわからなくなってきたためだ。どんな本を読んで、何を書いたかすら思い出せなくなりつつある。ま、四十半ばを過ぎれば認知レベルが上がることは考えにくいので、転ばぬ先の杖ってやつだ。


 私は仕事柄(古本屋は副業である)、東京電力へ行く機会が多い。窓口やカスタマーを除けば、確かに有能な人間は多い。だが所詮はサラリーマンである。与えられた仕事をそつなくこなし、首までどっぷりと官僚主義に浸(つ)かっているようなタイプが殆どだ。彼等は「業務の目的を疑う」ことを知らない。ほぼ独占状態という業態では尚更だ。


 そうしたことを踏まえると、あまりにも東電を糾弾する本が少ない。少な過ぎると言ってよい。きっと怖いのだろう。出版業界は様々な企業と取引があり、新聞や雑誌におけるスポンサーを軽々しく扱う真似はできない。資本主義経済とは、スポンサーシップを競うレースなのだ。だから、最大のスポンサーである国家には皆が群がる。血税はばらまかれた瞬間に甘い蜜と化すのだ。もちろん、国家に逆らおうとする人間はいなくなる。

 まず、その事業規模の大きさ、広さを表しているのが連結子会社だ。不動産管理や電気通信事業とその保守管理はもとより、船会社から放送、電話、人材派遣、果ては介護事業まで手がけていて、その数は145社に上る。(※2006年現在)


【『東京電力 暗黒の帝国』恩田勝亘〈おんだ・かつのぶ〉(七つ森書館、2007年)以下同】

 さらに独占事業ゆえに本来なら広告宣伝費を必要としないはずだが、日経データベースで調べると10年前の243億円が、2007年3月期は286億円とさらに増えている。
 不可解なのが「拡販費」「その他販売費」なるものが、宣伝広告費と別にほぼ同額が毎年(約240億円)支出されている。本来は電力供給エリアを他電力会社と争っているわけでもなければ、新聞販売店並みに「拡財」を使って契約を取る必要もないだけに不思議な話である。


 子会社が100社以上あることは知っていたが、145社とはね。ここから仕事をもらっている企業となると、数百社、数千社に及ぶことだろう。代表的なのは、関東電気保安協会や関電工などだ。もちろんトップエリート達の天下り先となっている。


 資本主義における広告は、共産主義におけるプロパガンダと意味は同じである。体制への迎合ってやつだ。大企業へと飛躍するための通過儀礼とも考えられる。「いらっしゃいませ、ようこそ経団連へ」ってな具合だ。この国の産業を牛耳っているのは、テレビのゴールデンタイムにCMを流している企業や、三大紙の一面に惜しげもなく広告を打っているような会社に決まっている。ビッグ・ブラザーの手先だ。


 本書の前半は、2007年に起こった新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所での事故に費やされている。東京電力の隠蔽(いんぺい)体質を、過去の事故からも検証している。それにしても、おかしくないか。なぜ、東電の原発が地方にあるんだ? それは――危険だからです。通常だと、墓や宗教施設、ゴミ処理場や化学プラントを建てるといっただけで住民の反対運動が起こるものだ。しかし、原発用地に指定された市町村は歓迎している雰囲気すら見受けられる。結局は金だ。経済的に疲弊した地域に白羽の矢を立て、「ま、安全だからさ。大丈夫だよ、多分……」と言いくるめられているのだろう。


 原子力発電は、ウランやプルトニウム核分裂する際の熱を利用して水を沸騰させ、その蒸気でタービンを回すことで発電している。神は細部に宿る。つまり、原子核に宿った神の怒りが、とてつもない爆発力と途方もない放射能を発しているのだ。ウラン235半減期は8億年だってさ。


 原子力発電所が建設された地域はどうなるか――

(※福島県浜通りでは70年代から通称“TCIA”(東電CIA)が暗躍。原発反対派の集会では車のナンバーを調べ、選挙では反対派候補の家や事務所に出入りする住民のをチェックする。原発批判、とくに東電絡みの記事が載った週刊誌、雑誌は町の書店では買えない。TCIAが買い占めてしまうからだ。その結果、86年のチェルノブイリ事故について、当時の中学校教師が生徒たちに聞くと、知っていたのはクラスで3〜4人しかいないという驚くべき状況になっていた。職場はもとより、家庭内ですら、原発イコール東電となって話題にするのもはばかられるのだ。
 それは柏崎市刈羽村でも同じだ。


 チェルノブイリ事故を知らない、というのは大袈裟な話だろう。ペンが滑ったに違いない。テレビを観ていれば少なからず情報は入ってきたはずだ。肝心なことは、東電が社員に工作員の真似をさせている事実だ。これは巨大企業による暴力の変種というべきだ。田舎(※差別用語)の人の好いオジサン、オバサン達は、放射能汚染よりも直接的なプレッシャーを恐れてしまうのだ。逆に考えると、東電には「そこまでしなければならない」何らかの理由が存在することになる。「東京や関東で事故が起これば一気に広まってしまうだろ? その点、お前らは金でどうにかなるし、口も堅い……」ってところだろうよ。


 敵に対して厳しい組織は、味方には甘くなる――

 それでいて労使一体、身内には優しいのが東電。福利厚生施設も充実している。たとえば東京・港区の8階建てオフィスビルの6〜8階は小洒落た和食料理店、気楽な居酒屋、しっとり落ち着いた雰囲気のサロンがそれぞれのフロアで営業している。いずれも会員制で一般の客は入れない。すべて東電および関連会社の社員やその連れのための店である。もちろんタダではないが、同じレベルの一般の店より2〜3割は安い印象だ。経営しているのは100パーセント子会社の東京リビングサービスだ。


 子供ができたら、東電に入れよう(笑)。恩恵の力が社員を結束させる。株式会社は利益という運命の共同体だ。自分達だけが得をすればいい。東京にいる限り、放射能に汚染されることはない。


 恩田勝亘はあとがきで「物足りなさを感じられる読者も少なくないと思うが」とわざわざ書いている。多分書けなかったことも多かったことと想像する。東電に関する問題のアウトラインをなぞっただけの印象が強い。それでも尚、この国の仕組みについて貴重な情報が記されている。

 競争のない地域独占と発送電一体こそ日本の電力業界の命である。それによって各社それぞれが、地域の産業界トップに君臨。政治家には政治献金で、多くの子会社、関連会社、業界で組織する各種団体は自社OBはもとより、多数の経産省OBの受け皿になっているのだ。政財界のこのトライアングルも発送電一体だからこそ維持されるシステム。欧米諸国のように発電、送電、小売り、とそれぞれ専業化されたうえに競争を強いられたら「鉄のトライアングル」も吹き飛んでしまう。


 これこそ東電最大の問題だ。電力会社は自由化されたものの、託送コストが高いため次々と撤退していった。もう半分も残っていない。電力業界というのはとにかく嘘が多い。自然エネルギーが見直されているが、大体、太陽光パネルを作るエネルギーを、太陽光発電10年分で賄えるのだろうか? 「バイオエタノールカーボンニュートラル」ってのもインチキだ。蒸留する段階で石油を燃やしているのだから。「やがて水素の時代が来る」ってのも欺瞞に過ぎない。自然界の純粋な水素は存在しないため、水素を抽出する際にも必ず石油燃料が必要となるのだ。


 これを解決するには「電池」である。電気は貯めることができないのだ。試行錯誤が繰返されているが、まだまだ各家庭での実用段階には遠く及ばない。


 でも、やっぱり「電気を使わない生活」にシフトすべきなんだろうな。よし、これからは太陽と共に生きることにしよう。