愛しのミミズ

 あれは5月の連休だったと思う。「夫婦水入らずでミミズ採(と)りに行かないか?」と細君に申し出た。何となく韻を踏んでるような言い回しに気をよくしたものだ。かみさんの返答はわずか一文字だった。「嫌(いや)」――。


 今年の春先から、ベランダにアイビーを置いた。以来、私は少しでも土をよくしようと、ミミズ採集にいそしんでいる。自宅の裏にある土手の下に結構いるのだ。既に100匹以上は採っている。残飯を食べてもらいたいのでシマミミズが好ましいのだが、10匹中1匹ほどしか見つからない。シマミミズは稀少価値の高い人材なのだ。


 振り返ると、小学1年の頃、よくミミズをいじっていた。当時、私の手はイボだらけだった。母からは「ミミズをいじるからだ」と言われたものだ。だが、「茄子の切り口でイボをこすり、その茄子をドブに捨てるとイボが治る」という伝説によって、私の手は綺麗になった。


 先ほど「採っている」などと横柄な言葉遣いをしたが、実際は違う。ミミズ君達に「お引っ越し願っている」のである。我が家のプランターには、購入した腐葉土と、山から運んで来た土が入っている。ミミズ君にとっては、さしずめ御殿といったところだろう。


 色々と調べてみると、「ミミズコンポスト」なるものがあることを知った。ミミズが生ゴミを処理してくれるのだ。ダーウィンは著作の中で「地球上のすべての肥沃土は最低1回はミミズの体内を通過している」と書いている(『ミミズの作用による肥沃土の形成およびミミズの習性の観察』1881年)。


 4億年もの間、地球の大地を耕し続けているミミズ。私は言いたい。「ミミズを愛さずして、何を愛すと言うのだ?」と。