古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

目撃された人々 5

 カスタネットのような音がけたたましく鳴り響いた。振り向くと、階段を下りてくる馬鹿ムスメのサンダルの音だった。時折、目にする光景だ。ハイヒールのようなサンダルが大半である。馬鹿ムスメを睨みつけても、どこ吹く風といった様子。「悪いのはワタシじゃなくて、サ・ン・ダ・ルよ〜ん」とその眼が語っている。私の頭の中では「ふざけるな」の5文字が2万ポイントほどの超極太ゴシック体で明滅する。こうした場合、私のような紳士ですら、履いているサンダルで小娘の脳天をあらん限りの力で殴りつけたくなる。当然、ヒールの部分でだ。


 私は普段、スリッパの足音ですら我慢に堪えない。大体が運動神経のよくない連中が、ドタドタと音を立てて歩き回る。多分、脳からの指令が足の裏にまで正確に伝わらないのであろう。それとも床に対して何か怨みでもあるのだろうか。


 ヨーロッパでは食事の際のマナーとして、ナイフとフォークの音を立てないよう、幼い頃から育てられるという。こうしてパブリック(公)の精神が培われてゆくのだろう。


 それに対して日本人はどうだろう? ツアーとおぼしき連中が一塊(ひとかたまり)になって、大声で日本語をまくし立てるのは有名だ。島国根性は仲間がいると安心のあまり、堰(せき)を切ったように我が物顔で放言する。


 私が外で呑まないようにしているのは、アルコールに弱く直ぐに寝てしまうということもあるが、最大の理由は周囲の騒音に耐えられないからだ。


 年若く、愚かな女どもからサンダルを奪うことは難しいだろう。そこで私は考えた。マゾっ気のある中年オヤジを階段に横たえてはどうだろう? 踏まれる度に「あふッ」と快感に浸る中年オヤジ。サンダルの音の消音効果としてはこれ以上のものは望むべくもないだろう。