古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

アメリカの誇大妄想と被害妄想/『日本人が知らない「ホワイトハウスの内戦」』菅原出

 アメリカの政治システムを支えているのがシンクタンクである。それぞれのシンクタンクが立案した政策は公開され、政府が変わるたびに採用されたり斥けられたりする。いわば政策立案の市場化。


 読み物としてはさほど面白くないが資料的価値のある一冊。アメリカの政治は初めに戦略ありきで、それから世論形成を図る。我が国の政治は……あ、政治は存在しなかった。日本は談合だ(笑)。談合三兄弟。寄り合い。村。同調圧力が支配するのみ。

 ブッシュ政権の目的が本当にイラク大量破壊兵器の廃棄だけであるのなら、国連査察の強化もしくは継続でよかったはずだ。ブッシュ政権には表向きの理由とは別に、イラク攻撃、フセイン潰しをどうしてもやりたい理由があったのではないか……。国際石油資本(メジャー)の暗躍、兵器産業の謀略、キリスト教原理主義(右派)の野望など、ブッシュ政権の「真の狙い」に関するさまざまな憶測が飛び交う中、あるアメリカの保守系シンクタンクの存在に、世界中の注目が集まった。
 そのシンクタンクは、「新アメリカの世紀プロジェクト(Project for New American Century、通称PNAC)」。9.11テロと、それに続く対テロ戦争を契機に浮上した「イラク脅威論」のはるか以前から、打倒サダム・フセインを掲げて活動してきた過激なシンクタンクである。ブッシュ政権内には、このシンクタンクと深い関わりを持つ大物たちが多数存在し、ブッシュ外交を対イラク強硬姿勢へと導いていた。


【『日本人が知らない「ホワイトハウスの内戦」』菅原出〈すがわら・いずる〉(ビジネス社、2003年)以下同】


 日本の政治を動かしているのは官僚だが、アメリカはシンクタンクということだ。なかんずくブッシュ政権は大統領よりも閣僚クラスが権力をコントロールしていた。


 要は外交情況に応じた政策判断が為されるのではなくして、最初に絵(構想)があるわけだ。シンクタンクが描いた下絵に基づいて政治の筆が色をつけてゆく。


 フム、何かに似ているな。そう、聖書だ。「初めに言葉ありき、言葉は神と共にありき」だ。世界はアメリカの構想に基づいて蹂躙(じゅうりん)され、踏みつけられ、殺されるという寸法だ。その際必ず「正義」と「民主主義」というキーワードが標榜される。

 ネオコンのこうした概念を、ジョージタウン大学のジョン・アイケンベリー教授は批判的に「新帝国主義」と呼んだ。この新帝国主義によれば、「アメリカは世界的な基準を設定し、脅威が何であるか、武力行使を行うべきかどうかを判断し、正義が何であるかを定義するグローバルな役割を担っている」のだという。そして、「アメリカの主権はより絶対的なものとみなされ、一方で、ワシントンが設定する国内的・対外的行動上の基準に逆らう諸国の主権はますます制約されていく」と同教授は書いている。


 アメリカはジャイアンと似ている。「お前のものは俺のもの。俺のものは俺のもの」って感じだわな。


 日本の政治が何となくおかしく感じるのは、たぶん敗戦後に布かれたレールの上を今も尚走り続けているからだろう。官僚・メディア・CIAというトライアングル。きっと、この国に主権は許されていないのだろう。

シンクタンク」とは元来、第二次世界大戦時のアメリカで、国防関係の科学者や軍の作戦担当者たちが、「戦略を討議するために集うことのできる安全な場所や環境」を指して呼んだのが始まりだ。


 これをランド研究所が変えた──

 ランド研究所は、それまでの研究者と政策形成過程の関係を根本から変化させ、新世代のシンクタンクの見本となった。それだけではなく、全く新し分析法の開発でも目覚ましい活躍を見せた。それまでは、文献調査、構造分析、それに統計調査が定番の分析手法だったのだが、同研究所は「システム分析」と呼ばれる新たな技術を開発、合理的分析の新しいスタイルを切り開いた。


 宇宙開発、情報処理、人工知能などを仕切っている。インターネットの原則を決めたのも奴らだ。アメリカの頭脳といってよかろう。

 ロックフェラーは当時、アメリカ、西ヨーロッパと日本の財界人や官僚や学者による諮問機関設立の必要性を痛感、1973年に「日米欧三極委員会」を立ち上げた。


 名称は知っていたが、私は政府の委員会だとばかり思い込んでいたよ。ここの中心人物がヘンリー・キッシンジャーだ。ロックフェラーの子飼いにして番犬のような存在だ。汚れ仕事は一手に引き受ける有能な人物でもある。

 アメリカの外交面でもっとも影響力のある集団は、東北部の大企業、多国籍企業、銀行などに足場を持つグループで、国際主義者、俗に「東部エスタブリッシュメント」と呼ばれるエリートたちである。


 菅原本にはやたらと登場するのが東部エスタブリッシュメントだ。一般的には共和党の穏健派を指し、ロックフェラー・リパブリカンとも呼ばれる。ま、リベラルのお面をつけた保守勢力といっていいだろう。


 こうした政治情況から窺えるのは、岸田秀がいうようなアメリカの誇大妄想的な自我意識と、強迫神経症という病状である。


 アメリカは誰も頼んでいないのに自ら保安官を買って出て、よそ者全員を敵と見なしている節(ふし)がある。錯綜する誇大妄想と被害妄想。


 移民の国であるがゆえに、正義という価値観で国をまとめ上げる他ない。でっち上げられた正義がわかりやすい暴力となって他国に向けられる。正義である以上、正義を証明しなければならない。


 アメリカのメディアはユダヤ資本に牛耳られている。大手メディアは政府のプロパガンダを担ってきた歴史がある。オーウェルが描いた『一九八四年』はソ連を風刺したものではなく、あらゆる組織が避けて通れない一大テーマなのだ。


 欧米の植民地主義覇権主義は現在も根強く国際政治に影響を及ぼしている。白人による人種差別がそろそろ手痛い目に遭ってしかるべきだろう。ギリシアもローマも滅んだ。永遠に栄える道などありはしない。