第二次世界大戦の命運を分けた人脈−チャーチル、イントレピッド、ルーズベルト/『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』菅原出

 人が歴史を動かすのか、あるいは歴史が人を育むのか。いずれにしても歴史の先頭に立つ人物が必ずいるものだ。時代の寵児(ちょうじ)、歴史の申し子、世界地図を塗り替えた男達が……。


 第二次世界大戦の命運を分けたのはイギリスのウィンストン・チャーチルだった。


 まずドイツを取り巻く米英の人物相関図を見てみよう──

 このW・A・ハリマン商会で活発にドイツ債を商ったのが、ジョージ・W・ブッシュアメリカ大統領の祖父プレスコット・ブッシュであった。プレスコットはローランド・ハリマンのエール大学時代の学友で、1926年5月にW・A・ハリマンの副社長として迎え入れられた。プレスコット・ブッシュはブラウン・ブラザース・ハリマン商会では執行役員になり、同社の経営に大きな影響力を持つようになった。
 こうしたウォール街の超エリートたちは、ドイツ・ビジネスを通じて政財界に広範な人脈を築き、こうしたネットワークを通じて膨大な知識と情報(インテリジェンス)をもって、以降数十年間にわたり、アメリカ政府の対独政策に大きな影響を与えていくのである。


【『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』菅原出〈すがわら・いずる〉(草思社、2002年)以下同】


 パパ・ブッシュではなくグランド・パパ・ブッシュ(笑)。で、アメリカってえのあ、元々移民の国なわけで、そのルーツはヨーロッパにある。ブッシュ家は折り紙つきの名家らしい。血統書つきのヒトってわけだよ。

 チャーチルと縁戚関係に当たるという指摘もあるが、ブッシュ爺さんはドイツにテコ入れしていた。

 この流れ(イギリスのドイツに対する宥和政策)が180度変わるのは、ウィンストン・チャーチルが首相の座に就いてからのことである。この反ナチス強硬派の政治家が政権を奪取するまでには、イギリス政界内ですさまじい権力闘争が繰り広げられ、チャーチルはやっとの思いで1940年5月10日に首相の座にたどり着く。そしてこの日が、英独全面対決のはじまりの日となったのである。
 政権を握ったチャーチルは、まずイギリス国内の宥和派、親ナチス派を、あらゆる手段で徹底的に攻撃し、対独全面戦争に向けてイギリス国内をまとめあげていくのである。


 ポイントその一──反ナチスの言い出しっぺがチャーチルであるという事実。イギリスは決して一枚岩ではなかったのだ。

 アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディの父親ジョセフ・P・ケネディは、長い間ウィンストン・チャーチルにとって目の上の瘤(こぶ)であった。ケネディヒトラーの大ファンになり、イギリスやアメリカに根を張る親ナチス派の間に広範なネットワークを築いていたからである。


 ポイントその二──アメリカのエスタブリッシュメントの多くがヒトラー率いるナチスドイツを経済的に支援していたという事実。政治的道義は問われていなかった。

 さらに驚くことに、数多くの反戦平和団体までがナチスや親ナチス派企業によって密かに支援を受けていた。その代表的なものが、ニューヨークのワールド・ピースウェイズだ。この団体は戦争反対のスローガンを高々と掲げて市民運動を展開し、女性や子供が戦争によって無惨にも被害にあう様子を写真入りのパンフレットで掲載し、戦争の悲惨さと参戦への反対を強く訴えていた。同団体が配付したパンフレットには、「私を戦争に送るのかどうかについて、もう少し慎重になってほしい。私だったらあなたのことを戦場に送ったり、死なせたりするのはまっぴらだし、それに、後でまた間違いを犯してしまったということで後悔したくないから……」というメッセージが記載されていた。
 こうした平和のメッセージを大量生産したワールド・ピースウェイズの運動員の多くは、戦争を心から憎む誠実な市民だったにちがいない。しかし彼らの活動資金は、「ヒトラーのもっとも重要な財産」であるIGファルベン社から出ていた。


 この手口は現在、製薬メーカーが引き継いでいる。

 ま、マーケティングの走りなのだろう。その根っこはプラグマティズムにある。風が吹けば桶屋が儲かるという図式だ。米国内で反戦運動の機運が高まればアメリカは参戦せず、というわけ。


 ここでチャーチルは一人のスパイに命運を託す──

 第一次世界大戦後、イギリスはウィリアム・ワイズマン卿というスパイをアメリカに送り、アメリカを戦争に引き込むためのプロパガンダ、情報活動を行なわせたが、チャーチル首相はこの先達(せんだつ)の例にならい、ウイリアム・S・スティーブンソン、暗号名で「イントレピッド」と呼ばれたカナダ生まれの紳士を、アメリカ合衆国に送り込んだ。
「イントレピッド」は当時44歳の実業家で、1930年代までに数多くの事業で成功を収めた億万長者であった。彼はしかしたんなるビジネスマンではなかった。商用でヨーロッパ中を飛び回っては、現地でせっせと情報収集をし、イギリスの情報機関に情報を提供する役割も果たしていたのである。

「イントレピッド」は「アメリカを参戦させる」という究極の目的のために、スパイを送り込み、郵便物を操作し、電話を盗聴し、プロパガンダ活動を行ない、敵の集会を妨害し、密かに新聞、ラジオやさまざまな組織に資金を投入して情報を操作し、偽造文書を捏造する等々、ありとあらゆる活動を展開していくわけだが、その活動を全面的にサポートしてくれるアメリカ人に恵まれた。他ならぬルーズベルト大統領である。ルーズベルト大統領は強硬な反ナチス思想の持ち主で、「イギリスを助けるためにできるかぎりの援助をしたい」と考えていた。そこで大統領は、「イントレピッド」の活動をサポートするために惜しみない援助の手を差し伸べたのである。

「イントレピッド」はまた、ボストンに拠点を置く短波ラジオの放送局WRULにも資金援助を行なった。このラジオ局は、協力な5万ワットの短波送信機を持ち、世界中に多くのリスナーを抱えていた。「イントレピッド」は密かに毎月WRULに資金援助をし、この放送局をイギリスのプロパガンダの道具に変身させた。そして『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙等の大新聞と同様、このラジオ放送局も反ナチスプロパガンダ放送を大量に流すようになった。

 いわゆるやらせ写真がSOE(※イギリス特殊作戦部)によって大量生産され、それがアメリカの「イントレピッド」のもとに送られ、「ナチスの残虐行為」として全米のメディアに配信されたのである。


 つまり、イントレピッドアメリカを第二次世界大戦に巻き込んだのだ。実質的には一人のスパイが連合国の勝利を決定づけたことになる。信じ難い話ではあるが。


 政治が経済を押し切った格好となった。当時のデータを見ると一目瞭然だが、イギリスよりもドイツの方が優勢であった。国力ではイギリスに勝ち目がなかった。チャーチルは何が何でもアメリカを戦争に引きずり込む必要があった。


 更に日本軍の真珠湾攻撃をいち早く知ったチャーチルが、ルーズベルトに情報提供した可能性もあるという。


 脚本:チャーチル、主役:イントレピッド、脇役筆頭:ルーズベルト、ってわけだ。


 しかしこの関係はルーズベルトの死によって終わりを告げる。第二次大戦はチャーチルの思惑通りに運んだが、ドイツの戦後処理についてはアメリカの親ドイツ派エリートが牛耳った。資本主義においては「儲ける」ことが正義なのだ。


 驚くなかれ。戦争に勝利したアメリカはドイツから技術や人を盗み取って、戦後の発展を遂げたという。技術者の戦争犯罪は不問に付した。


 世界の歴史は複雑そうに見えて、実は単純な原理で動いているのかもしれない。


文庫 アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか (草思社文庫)